確かに俺は文官だが

パチェル

文字の大きさ
上 下
61 / 421
第2章

過保護になるのも仕方がない9

しおりを挟む




 パチリと目が覚めたらさらさらでパリッとしたシーツが頬にあたった。何度か目をぱちぱちして、あれ、ここどこだろうと思った。



「わかった、セイリオスが来るまでは、私もここにいよう」


 あ、スピカだ。と思うと同時に安堵が押し寄せた。
 という事はここは医務室かな。清潔そうな室内を見てさすがスピカ。埃一つないじゃん。有言実行とはこの事か! と嬉しくなった。



「それにしても、あなたたちは何も聞いていないのですか? なぜ、彼がこうなったか?」
「私たちも着いたらこうでして。うちの隊長が何かしたにしても報告を待っていただきたいのです」

 その人の声は聞き覚えがあって、どうしてここにいるのか思い出した。



 どうしよう、スピカに合わせる顔がないっ。せっかくのチャンス棒に振っちゃったし、多分信用されてないよ。あの感じ。

 開けていた目をぎゅっと瞑る。
 そんなヒカリにそっと優しく触れたのはスピカの手だと思う。
 消毒液の匂いがする手はヒカリの頭にのせられている。
 うぅ、動けない。寝たふりしちゃった。



「ちっ、泣かせやがって。アイツら。マジで許さねぇ」

 すごく低くて小さい声が聞こえた。あ、これ、スピカが、めっちゃ怒っているの声だ。泣かせたって何を泣かせたんだろう。


 スピカは少しして席を立った。
 隣の机の上で何かを書き込んでいるから、仕事中なんだろうと思う。
 仕事中なのにヒカリが意識を飛ばしてしまったから呼ばれたんだろう。セイリオスも来るって言ってたし。



 先ほどのことを思い出すとふつふつと怒りが込み上げてきた。一人だったら枕にボスボス八つ当たりをしたかもしれない。



 仕事の合間に僕の面倒を見ているこの二人になんてこと言うんだ。あの人は!
 本当だったみたいって言ってたから、誰かからそんな話を聞いたんだろうか。誰がそんなこと言うんだろう。僕は一歩も家から出てないのに。絶対会ったこともない縁もゆかりもない人だっ。



 めっちゃ悔しい!



 こんな話あの二人の耳に絶対入れたくない。傷つくに決まってる。



 あの課長も二人を傷つけたいんだろうか。それにしてはちょっと雰囲気が違ったなぁ。なんて言ってたっけ。



 あれ、何か鍛えるとか傷つけないとか言ってなかったっけ?



 ……、あ―――!そっか、そうか。僕に対してだけ怒ってたのか。あの人も二人を傷つけたくないって言ってたじゃん。あ、めっちゃ恥ずかしい。

 思い返すと話をしっかり聞いてなかったヒカリが一人で暴走したように思えた。




 そうじゃん、僕が言葉が分かんないから、わかる言葉であいつらと同じって言っただけで、ひどいことしたとは言ってなかったんだ。

 つまり僕がからだをつかっ……。
「」何だこの恥ずかしい勘違いのされ方。僕にそんな、すごいスパイ? 一流の技みたいのあるわけないじゃん。


 あの二人だったら僕なんかいなくてもより取り見取りだし、わざわざ、ぼろぼろの子どもと間違われるような男子を相手にする理由が分かんない。


 それこそ、あいつらみたいな話の通じないような人たちぐらいじゃないの。
 何て言うんだっけ、そういうの。兄ちゃんが言ってたような気がする。しぎゃく趣味だっけ。漢字が難しかったなぁ。僕が泣き叫ぶの楽しんでただけっぽいし。嫌だっていうとすごく笑って。
 う、ちょっと忘れよう。だめだめ。あー、ポケットの飴玉何味だろうなー。金色って金粉味かなー。


 よしっ、話を戻すとあの課長さんは僕のせいで変な噂が広まってたから僕に怒ってたのか。
 僕が、か、体を使って、二人に信用印を押させて、さらに超難関の課長さんとこの印ももらって、最悪この国にスパイとして潜り込もうとしてみたいなことで怒ってたのかなぁ。


 ……僕の事よく見たのかな。どう見てもそんなハリウッド映画的な人間に見えないと思うんだけど。
 いや、でも油断させようとするならこういう意外性ある方が向いてたりするのかなあ。



 何にせよ。大変なお仕事だ。うんうん。

 つまり、今の僕にできることは何だろう。とりあえずあの噂みたいなの訊かせたくないな。
 あの噂を口にしようとする人がいたらまた怒ってしまうこと間違いなしだ。


 いくら僕に対する不信感とか嫌悪感からくる噂であっても、二人の人格というか、頑張りみたいなのを貶める話であるのには違いない。




 ここであきらめる? 移民にならず、難民施設でいつか帰れるかもと思って暮らす?



 でもそれって、二人の噂を払拭できるのかな。

 ……できないよね?

 え、できないじゃん! あっぶない。危ない。



 やっぱりねーで終わりだよ。

 じゃあ、やっぱり課長さんをどうにかしないといけないわけだ。
 どうする? 身元を示すものもないし、僕を知ってるのなんて二人以外にスタンぐらい……。
 いや、わかってたことだけど。




 ……あの課長さんは僕が二人に甘えっぱなしなのを怒ったのかも。鍛えなおすとか言ってたし厳しそうな人だから。



 課長さんは二人のことどう思ってるんだろう?

 ずっと目を瞑って、難しいことを考えていたら、うとうとしてきてまた寝てしまっていた。





  夢の中でセイリオスから貰ったあめ玉を口に含もうとしたときに声が聞こえた。


「何嘘ついてんだよ?」



 あっ、課長さんだ。

「彼の様子はどうですか?」


 すぐに返事しようと思ったのに体に力が上手く入らなかった。あれ、何か、へんだな。

 そうこうしている間にスピカと課長がヒートアップしているのがわかった。
 スピカが喧嘩しようとしてる! 止めないと!
 なぜか震える体を抑え込むように腕に力を入れる。
 そこで、課長が嫌なことを言おうとしていることに気づいた。


「言い方って、他にどう言えばいいんだ? こうか? お前らそろいもそろってそのガキのケ」

 途端に力が全身に入って、大きな声を出した。急いで二人の頭を抱え込んで、耳を塞ぐ。

 今の絶対、また、酷いこと言おうとしてた!


 イヤだ、イヤだ、イヤだ!
 お願い、そんな事、聞かせないで!


 その後は二人に口を挟ませないように、課長に言わせないようにしていたら、いつの間にか二人が帰ることになっていた。
 だから、ヒカリもお別れの挨拶をした。手を振ったけど返してもらえなかった。






 ヒカリの体から力が抜け、漸く解放された二人はすぐに振り返る。
 ふらついた体を支えた。


「ヒカリ!」

 ヒカリはヘラっとした顔をして笑った。

「ごめんなさい。しぱいしたから、印貰えないかも? へへっ。かちょーさん、怖かったねー。顔まかか」


 怖かったのは本当なのか支えている二人の手に触れる体が冷たかった。


「ヒカリ、あの野蛮人に無神経なこと言われたのか? それとも、無神経なことされたか?」

 ヒカリはふるふると首を振る。

「あー、えとぅ、聴取していたら、思い出して怖くなってしまい、ました。かちょさん、ふくかちょさん、全然怖くなかった」



 セイリオスとスピカはそれは嘘だなと思った。怖くないわけがないし、実際、それは体に如実に現れている。
 ヒカリは嘘をついた訳ではない、が、本当のことも言っていない。


「俺、やっぱりちょっと聞いてくるわ」

 スピカが立ち上がると、ヒカリが慌て始めた。

「えっ、なんで? 何を? どーして? 大丈夫。次あるて、いてた。だから、次頑張るから。スピカ、仕事いそがしー。セイリオス、仕事いそがしー。でしょ? まて、ぼく、できるから!」


 あまりにも必死な様子にスピカの胸が苦しくなった。彼は、何を、自分達に見せたくないのだろうか。何を隠しているのだろうか。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

くまさんのマッサージ♡

はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。 2024.03.06 閲覧、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。 2024.03.10 完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m 今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。 2024.03.19 https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy イベントページになります。 25日0時より開始です! ※補足 サークルスペースが確定いたしました。 一次創作2: え5 にて出展させていただいてます! 2024.10.28 11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。 2024.11.01 https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2 本日22時より、イベントが開催されます。 よろしければ遊びに来てください。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

僕は肉便器 ~皮をめくってなかをさわって~ 【童貞新入社員はこうして開発されました】

ヤミイ
BL
新入社員として、とある企業に就職した僕。希望に胸を膨らませる僕だったが、あろうことか、教育係として目の前に現れたのは、1年前、野外で僕を襲い、官能の淵に引きずり込んだあの男だった。そして始まる、毎日のように夜のオフィスで淫獣に弄ばれる、僕の爛れた日々…。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

凶悪犯がお気に入り刑事を逆に捕まえて、ふわとろま●こになるまで調教する話

ハヤイもち
BL
連続殺人鬼「赤い道化師」が自分の事件を担当する刑事「桐井」に一目惚れして、 監禁して調教していく話になります。 攻め:赤い道化師(連続殺人鬼)19歳。180センチくらい。美形。プライドが高い。サイコパス。 人を楽しませるのが好き。 受け:刑事:名前 桐井 30過ぎから半ば。170ちょいくらい。仕事一筋で妻に逃げられ、酒におぼれている。顔は普通。目つきは鋭い。 ※●人描写ありますので、苦手な方は閲覧注意になります。 タイトルで嫌な予感した方はブラウザバック。 ※無理やり描写あります。 ※読了後の苦情などは一切受け付けません。ご自衛ください。

主人公の兄になったなんて知らない

さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を レインは知らない自分が神に愛されている事を 表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346

3人の弟に逆らえない

ポメ
BL
優秀な3つ子に調教される兄の話です。 主人公:高校2年生の瑠璃 長男の嵐は活発な性格で運動神経抜群のワイルド男子。 次男の健二は大人しい性格で勉学が得意の清楚系王子。 三男の翔斗は無口だが機械に強く、研究オタクっぽい。黒髪で少し地味だがメガネを取ると意外とかっこいい? 3人とも高身長でルックスが良いと学校ではモテまくっている。 しかし、同時に超がつくブラコンとも言われているとか? そんな3つ子に溺愛される瑠璃の話。 調教・お仕置き・近親相姦が苦手な方はご注意くださいm(_ _)m

刑事は薬漬けにされる

希京
BL
流通経路がわからない謎の薬「シリー」を調査する刑事が販売組織に拉致されて無理やり犯される。 思考は壊れ、快楽だけを求めて狂っていく。

処理中です...