確かに俺は文官だが

パチェル

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第2章

過保護になるのも仕方がない8

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 急いで医務室へ向かうと廊下で警吏課の警官が二人突っ立っていた。

「どうかしたんですか。中には入らないのですか?」

 セイリオスが訊ねると二人そろって。

「今は入るなと言われておりまして、待機中です」

 と泣きそうな顔をしている。



 セイリオスは小さくノックをして誰何の声に応えた。スタンが困ったような顔で扉を開いた。

「お待ちしてました。セイリオスさん」
「すまない。俺はあまりしっかりしたことを聞いたわけじゃないんだが、何があった?」

 話しかけながら部屋に入るとベッドで寝かされているヒカリが目に入った。
 見たところ特にけがをしている様子もない。
 少しホッとして近寄った。

「スピカ、ヒカリどうしたんだ?」

「俺もよくはわからないけど、着いたら汗がびっしょりのヒカリがベンチで寝かされていた。興奮して体を押さえたら、痙攣して意識を失ったと聞いて。フラッシュバックか、感情の昂ぶりに体が着いて行かなかったのかもしれない」


 日に照らされたまだ少し丸みのあるヒカリの頬には、確かに涙が流れた後があった。セイリオスは傍によってその頬に触れて、涙のあとを拭う。


「大体何であの二人なんだよ」

 スピカが忌々し気に呟き、セイリオスに詰め寄った。


「俺も状況を見たわけじゃないけど、絶対あのおっさんが怖かったせいだと思う。なんで取り調べがあの二人なんだ。種類の違う怖い大男に詰め寄られて怖くないわけないだろう。なんで、ああなった?」

「すまん、俺が止めきれなかった。あちらがそう決定して、俺も仕事に行かざるを得なかった。それに、ヒカリが、自分でやりたいって。周りにも怖がってる雰囲気は……まぁ、なかったと。俺の判断ミスだな」

 二人の話ではチャコが入った取り調べをしてもらうことになっていた。
 チャコは強面の中でも優しい部類に入る方で、難民の取り調べもよく行っている。下の兄弟の世話もよくしているので上手く話せるだろうと。

 もし必要なら警吏課から通訳の依頼を出してもらって、仕事としてセイリオスを、医師が必要ならスピカを派遣してもらうようにしていたのだが、できなかったのだ。

 セイリオスはとりあえず、今朝からヒカリと別れるまでのことを話した。

「不安定だったけど、警吏課に着いた頃には落ち着いてたんだろ。やっぱり警吏課の責任だな」
「こうなったら資料の開示請求を行うか。どのようなやり取りがあったか、確認させてもらわないと」

 セイリオスはざわつく気持ちを落ち着かせながら、提案をした。どんなやり取りがあったか調べてから、正式に抗議をしないといけないだろう。

 さぁ、どうしようかと考えようとしたらスピカがやたら明るい声を出した。


「じゃあ、セイリオスも来たし、俺行くわ」
「行くってどこに?」


 スピカはこめかみにビキビキと血管を浮き上がらせて、決まってるじゃん、あの剛毛男の毛全部むしりに行くんだよと手から謎の音を出して立ち上がっていた。
 その服を掴んでセイリオスは引き留めた。

「やめろ。何があったかヒカリが目覚めてからでも遅くないだろ? それに、俺の方でもちょっと気にかかることがあるし」
「なんだよ、その気にかかる事って」




 そこでお昼休憩が終わったことを示す鐘の音が鳴った。

「セイリオス、お前仕事は?」
「あー、早退してきた」
「マジで。お前のとこの仕事からしてよくできたな」

 どうやら、気を逸らすことが出来たようだ。ヒカリが目覚めるまではスピカには正気でいてもらわないと困る。


「それは、同僚が請け負ってくれたんだ。それで、そいつが言うにはだな。まぁ、何かしらの噂が流れているらしい」
「何の噂? 俺、そういうの興味ないんだけど?」
「まぁ、俺も憶測でしかないんだが」




 セイリオスが推測を話そうとしたところでノックの音がした。



「あ? 誰だよ?」


「警吏課長と副課長がいらっしゃいました」



 何でっ、今来るんだよっ!?くそっ。



「帰ってもらえ。ここは今誰もいない」
「おもっくそ、いるじゃねーか。何嘘ついてんだよ?」


 ズカズカ現れたのは直毛の剛毛で眉毛や髭ですら垂直に生えてんじゃねと思わせる大男だった。横には副課長もついて来ている。

「彼の様子はどうですか?」
「うるせぇ。今寝てんだから静かにしろやぁ。ここに入ったやつはどんな奴でも医務官に絶対服従の掟忘れてんじゃねぇよ。許可なく声出すな。野蛮人が」

「今のお前の方が野蛮人だろうが。拳に変な力溜めんな。こんなところでおっぱじめる気かよ」
「お前らが帰ってくれりゃんなことしねぇわ。さっさと消えろ」


 座っているセイリオスとスピカの後ろにはヒカリが寝ている。スピカは座りながらシーシェダルを睨みつけた。立ち上がらないのはセイリオスに肩を掴まれているからだ。

「離せよ。こいつら部屋から出すから。空気が汚れるわっ」
「落ち着けって。無理やりしたら起きるかもしれないだろう。後で違うところでするべきだ」




 するのは許可するんだなと一人入口で立ち尽くすのはスタンだ。
 入出許可を出していないのに無理やり入られてしまったため、スタンも思いっきり睨まれている。どっちにも逆らえるわけないだろうと一人震えるしかない。


 それにその人に喧嘩腰でいったら倍で返ってくるでしょうよ。収拾つくかなぁ。セイリオスさんもう、皆窓から外にぶん投げてくださいよとスタンは目に力を込めて返しておいた。




「おーおーおー。お前らがそんなにご執心な坊ちゃんを見舞いに来てやってんだ。なんで帰されなきゃならねーんだ?」
「ちょっと、隊長。黙っててもらえます? 脳筋のあなたが話すと碌なことにならない」

「ご執心って言い方気をつけろや」
「言い方って、他にどう言えばいいんだ? こうか? お前らそろいもそろってそのガキのケ」



 シーシェダルがイライラしたスピカに当てられ直接的な言葉を返そうとしたときだった。
 セイリオスとスピカの後ろの真っ白の塊がぴょこんとはね飛んだ。

 と同時にわ―――――――――!!!と大きな声を出して二人の頭を後ろから胸に抱え込んだ。その勢いで二人の頭がぶつかり、激痛に呻いた。



「ぐぇ」「うっ」


 膝立ちで二人の頭を抱えているのはヒカリだ。そしてそのまま前に立つ二人を睨みつけた。

「さっきは、すいません。僕が、あ、えと、話できなく、しました。話またしますか?」
「おぅ、なんだ。元気そうじゃねーか。やっぱり仮病か?」


 スピカの肩に力が入るのに気づいてヒカリはもっと二人を抱え込む。二人の片方の耳はヒカリの胸に、片方の耳はヒカリの腕に押しつぶされている。

「なんだ、それで大人しくなるってやっぱり、だん」

「わ――――――――――! ちょっとかちょさん。黙ってください。ふくかちょさん。えとぅ、インディルさん?」
「はい、何でしょうか?」
「おねがいあります」
「お願いを聞くかはわかりませんが何でしょう」


 ヒカリは少し逡巡して言葉を考えた。



「僕が、受けた取り調べ。誰にも見せないできますか?」
「そうですね。国の機関が調べるなどのとき以外は、あなたが言うならそういう処置もできます」
「えとぅ、それしてください」
「わかりました。今現在から個人情報の為、正式に審査に通らないもの以外は情報を見ることはできません」 


 そう副課長が言うと、ヒカリはホッとして二人の頭を離した。
二人も振りほどこうと思えばできたのだが、ヒカリの心臓がこれ以上ないほどどくどくと脈打っていて、二人を捕まえる手はこれ以上ないほど震えていて、動けなかったのだ。

 また少し考えているヒカリにしびれを切らしかけたシーシェダルをインディルが止める。

「課長さん。さき、話した続き、キキタカタラ、また僕を呼んでください。何度でも同じこと言います。でも、課長さん、誰にも僕の取り調べ、話す、だめ。ここ、どこ、話す、だめ。……傷つける、やめてくだ、さい」

「あ、なんで、お前にそんな指図されなけりゃならないんだ?」

 ヒカリの体がまた小さく震える。でも目を逸らさない。スピカがまたしても飛び出そうとしたがその前にヒカリが声を出した。



「かちょさん、二人、好き?」



 その発言に部屋中がシンとした。
セイリオスとスピカは目をぱちぱちとしてヒカリを見たから二人は気付かなかったが、シーシェダルの顔がみるみる赤くなっていた。その横でプッと吹き出したインディルが上司の襟元を掴んだ。


「今日のところはお暇しましょう。すいません。お手数をおかけしますが、また呼び出すと思うので、体調が良ければ応じてもらえますか? また、ご足労頂くと思いますが構いませんか? ヒカリ・ヒノさん?」
「はい、できます。サヨナラ」

 即答したヒカリは小さく手を振った。何となくの習性だ。

「かちょさん、もサヨナラ」

 またしてもインディルはプッと笑って顔が真っ赤な課長を無理やり連れ去っていった。



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