確かに俺は文官だが

パチェル

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第1章

したいことをしようじゃないか19

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「警吏課の警官たちが探してたっすよ、このマット。訓練のときにないって泣きながら」

 タンタン。

「実際の現場にはマットとかないしちょうどいいじゃないか。緊張感が増して。なぁ、セイリオス?」

 話を振られたセイリオスは

「ん、いや、あの人の訓練はマットないと厳しいだろう。俺たちだってそれが嫌であのマット作ったんだから。スタン、これ医務課のものじゃないの?」

 タンタンタン。

「そうです。医務課のマットは結構使い込んでて、警吏課のマットは新品で。だからヒカリくんが今使ってるやつ真っ白で綺麗ですよね。先輩が常日頃機会があったら交換してやるって息巻いてたんで」

 タンタンタン。

「それ、泥棒だろう」
「泥棒ではない。有効活用してるだけだから」


 聞けば、仕方なしに警吏課の者たちは医務課のマットを借りに来たそうだ。
 スピカの思惑通りになっているようで、スタンは絶対セイリオスに告げ口してやろうと思っていた。しかし、実際にセイリオスの家に来て仕方ないという意見に鞍替え中だ。


 髪を整えたヒカリは動きやすくなったことが嬉しいのか、一生懸命マットの上で腿上げを行っていた。
 隣で動物型がイチニイサンシイと一緒に数を数えて足を踏み踏みしている。
 見てても飽きないので、豆の莢を剥きながら大人三人で眺めていた。


 ぺたぺたとした足取りが最近ではタタタぐらいは足を動かすことができるようになった。
 日に日に動けるようになるのは楽しいのか、汗をかきながら止めるまで続けるのでいいころ合いを見計らって止めに入る。
 セイリオスは豆の莢を剥き終わってヒカリに声を掛けに行く。


「おーい、ヒカリくん。そろそろ休憩じゃないか? ほら水分、摂らないといけないんだろう?」

 ヒカリはそうだったと言って、自分の固定になった椅子までやって来て、両手でコップを掴みごくごくと飲む。
 一度片手でお風呂上がりの牛乳を飲んでいた時、落としてしまってから必ず両手でつかむようになった。失敗は次に生かせばいいんだぞとセイリオスが慰めたのはついこの間の事。


 ヒカリが自分の中の語彙で牛乳、置いておく、だめ、絶対と悲しそうな顔でいうので、次の日絨毯をいっしょに洗おうと言うと使命感に燃えて、一生懸命に脚で絨毯を踏んでいた。


「セイリオスは、今、お時間あり、ますか?」

 水を飲んだヒカリはコップを慎重に机の上に置いてから聞くと、ありますよとセイリオスは返事をする。もう準備していたのか行こうかとヒカリと手を繋ぐ。

「今から何かあるんですか?」
「あぁ、風呂でトレーニングな。その間に俺たちにはやることがあるんだよ。スタン君」
「え、俺もトレーニングの方に、行きたいんすけど……」


 渋るスタンにスピカが悪い顔をして笑った。


「ふっふっふ。いいのか。今からの俺を手伝うともれなくヒカリくんのもっとすごいの言ってもらえるかもしれないんだぞ」
「べた惚れっすね。先輩。……いいすよ。その話に乗りましょう」







 ザブザブ足を高く上げながらしっかり指の先から踵の先を使って床を掴む。
 セイリオスはヒカリがもう一人でも大丈夫だよというのだが、トレーニングには必ず付きそう。スピカかセイリオスがいないときはしてはいけない約束になっている。

 なのでやっている間は真剣に。疲れても限界まで体を動かすことに決めているヒカリは弱音を一切吐かない。
 まぁ、紙には書きなぐっているけれど。

「はい、じゃあ次は家具の名前」
「はい、椅子、机、シンク、ベッド、蛇口、文机、ソファ……」


 トレーニングをしながら言葉の勉強もやっている。
 最高記録を更新したらご褒美がもらえるシステムを導入している。すごいぞだけで嬉しいんだけど。

「次は動詞を言ってみようか」
「はい、食べる、寝る、走る、歩く、降りる、上がる、上る、下がる、歌う、話す……」

 こうやって一時間グルグル回りながら覚えている語句をただ言うだけだけど、ゲームみたいでこれはこれで楽しいし、歩くのが疲れても気にならなかったりする。
 今回は前より3つ多く単語を言えたのでご褒美をゲットだ。一時間歩き回った後は汗を流してお風呂に入る。最近はこうやって交代で二人のどちらかと入るのが恒例みたいになっている。



 最近のヒカリはお風呂につかりながら、歌を歌っている。
 流行りの歌からお風呂ならではの歌まで。この間は同じ歌を歌っていたらスピカが合いの手を入れてくれるようになるぐらい歌っていた。


 この合いの手の言葉ってどういう意味って聞かれて返答にだいぶ困ったけど。いい湯ですよねって気持ちになったらついつい出る言葉ですっていったら、なるほどと言っていた。


 体がホカホカしてお風呂を出ると牛乳が用意されている。これは人型が用意してくれているものだった。
 片手で瓶の側面を、片手で瓶の底を持ってごくごく飲む

「ぷはぁっ。おいしい!」

 牛乳を飲み終わったら瓶を水でゆすいで玄関の前に置いてある瓶入れに入れる。何個か溜まったら配達員に渡すのだ。
 その流れでキッチンに立つスピカのところまで行く。

「お手伝いします。何かありますか?」
「ハイ、じゃあこれ持って行って机の上で作業しておいてください」

 渡されたのはゆでられた沢山の緑の豆、ボウルと網目が細かいざると布巾とヘラ。
 机の上にそれを置くと机の上には指示が書いてある紙がおいてある。ヒカリはそれを読んだ後、声に出して読み上げる。

「まず、マメの水気を、切るために、ふきんで軽く、拭き、ます。その次に、豆を、しょーりょーずつでいいので、ざるの上に、置きます。置いたら飛ば、ないように、ゆっくり上から、ヘラで押さえつけて、こしましょう。皮がノコルので、それは取り除いて、別の、ボウルに、置いておきましょー」

「はい、正解です! じゃあ、よろしくね」とスピカはキッチンに立ちながら確認をしてくれる。


「お任せください」とヒカリも返事をするとスタンがフフフと笑っている。

 何か間違えたかなと目だけで伺うと。

「何でもないっす。楽しそうっすね。僕も見てていい?」
「イイヨ。オモシロクナイカモだけど」


 二人は毎日家事を手伝わせてくれるようになった。
 もちろんトレーニングや言葉の練習も付随されるような内容で、気を使ってくれてるんだなとは思うけど、手伝えるのは素直に嬉しいので、期待以上の成果を残せるようにどの手伝いも超真剣にやる。ヒカリはこんなの見て何が面白いんだか、とスタンも変わり者だなと思い始めていた。

「今日はお風呂でどんなことをしたんすか」


 なんて質問もしてくる。ヒカリは豆を飛ばさないように丁寧に豆を並べている。
 これは試練だ。頭を使ってかつ手を使って。

「今日はお風呂で、ぐるぐる、まわりました。足腰を鍛えます。一時間ほど、アルキます。コツは、えとぅ、腿を高く上げて、下ろしたら、ゆかをあしぜんたいでツカム。背筋ハピシントする。ことです。あと今日は、昨日より、言葉を3個、多く言えました」


 豆をヘラでつぶすとプチっと皮が弾けて中身が出てくる。
 それを感じたら後は一気にヘラをずらしながら豆を伸ばすようにつぶすと上手くいった。綺麗な明るい緑色の漉し餡みたいなのができる。

「後、お風呂で歌います。頭も体も洗います。セイリオスがお風呂で、まっさじ、してくれます」
「まっさじ?」
「マッサージだろ」
「おぅ、まちがた」


 同じように聞いていたのかスピカが訂正してくれた。
 スタンはマッサージってどんなのっすかと食い気味に聞いてきたので説明する。トレーニングを始めてからマッサージもよくするようになった。次の日が楽になるようにだ。
 それでも毎日どこかしら痛かったりするけど、筋肉痛がましになるには体を動かすことが一番らしいのでマッチョな自分を想像して動かしまくる。さっきは足をよく揉んでもらった。そんな話をし終わるころには豆もつぶし終わった。


「そっか、なるほど。あ、昨日より言葉が3個も多く言えたんすね。やるぅ」
「あ、そだった」



 スタンの言葉で思い出したヒカリは手を綺麗に拭って、椅子から降りソファの上で何か書き物をしていたセイリオスのところへとトコトコ近寄る。

「セイリオス、ちょうだい?」

 言葉の勉強で記録更新したご褒美をもらうときは自分からもらいに行く。お風呂に入ったまま飴玉を持つわけにもいかないからだ。


「はい、今日も頑張ったな。ご褒美だ!」


 頭をぐしゃぐしゃに撫でられる。
 その後差し出した掌に飴玉が置かれる。今日は薄いピンク色だ。何味だろう。毎日違う味の飴玉が出てくるのでちょっとした楽しみのうちの一つだったりする。初めて見る色の飴玉に思わず頬が緩む。


「アリガトー。セイリオス」


 後ろでスタンの胸が撃ち抜かれているがもちろんヒカリは気付かない。
 飴玉の味を想像して顔を近づけ少し匂いを嗅いでいるのに忙しいからだ。
 セイリオスは何でもない顔をしているが、セイリオスだって毎度撃ち抜かれている。あの怖い顔の床屋の親父が孫が来るとデレデレする気持ちがわかってしまうぐらいには。


 ヒカリは飴玉をポケットに大切にしまった。
 この飴玉は次の日の午前中の休憩の時に食べようと計画しながら。







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