確かに俺は文官だが

パチェル

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第1章

選択を間違えることもある2

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 急いで領主の館へと向かい、この間の奴隷に会わせてくれと言うと歯切れが悪く今ちょっと手が離せないんですがとかのらりくらりという。煙草を何本も吸って待ったが連れてこれないと言われた。

 そうならと連れて来られるようになったら連れてきてくれと告げてその場を去った。

 領主はその話を奴隷をまとめる男に伝えるだろうと外で待てば一人の男がやってきた。領主の息子だ。俺は姿を隠す魔道具に身を隠し着いて行った。領主と息子は少し言い合いをして、息子が部屋を出た。それのあとをついていくと隠されたような地下室へと進んでいく。


 増していく血の匂いに吐き気がした。




 地下室の檻の中には宙につるされた男の子がいた。
 全身血まみれで顔だけはキレイだったのが気味が悪かった。
 腕やあばらが浮いた腹には何度も鞭で殴られた跡があった。

 領主の息子はバケツの水をぶっかけて意識を取り戻した子どもに尋ねる。

「お前何したんだ? あの文官を取り込めなかったら殺せって言ってたのにのこのこ帰ってきやがって。何か話したのか? どうなんだよ? また鞭で殴られたいか? それとも、また、まわされたいのか? おいっ」


 脳の血管がブチっと切れた音がした。
 一発ぶん殴れば壁にぶっ飛んでいった。そのまま持っていた魔道具で拘束する。

 急いで子どものところへ向かう。傷のない場所は顔以外にはなかった。逆を言えば体はほとんどが傷だった。足かせと宙にぶら下げるための鎖を外してやる。俺の上着の上に寝かせてやると鼻がぴくぴくと動いた。

 その子どもは意識がもうろうとした中、何かつぶやく。耳を澄ますと。

「…イキテタ、…アリガトウ」と片言で話した。頬が微かに上がった気がした。






 吐き気がした。俺自身に対する吐き気が。











 奴隷の子どもを抱えて館を飛び出ると、王都から兵たちがやって来ていた。
 申し訳ないことに俺が先に勝手をしてしまったため、段取りが変わってしまったようで、現場はてんやわんやしていた。
 抱えてた子どもを芝生の上に降ろして応急処置を施してもらっている間に俺は調査結果の報告を隊長へと伝える。押さえておく証拠の場所だ。孤児院、救護院、かつそれぞれの地下室。この館の地下室もしかり。

「セイリオス! お前、段取りが違うだろうが! ってどうした?」

 向かいから走ってくるのは顔なじみの医官だ。彼はこういった場に派遣されることが多い。
 抱えた子どもを王都から連れてきた医官に見せる。彼は小さく眉をひそめて任せろと連れて行った。俺は生命力を上げるようなスキルを持っていないから何もできない。
 俺の魔力は役立たずなのだ。

 だいぶ時間がたってから部屋に入っていいと許可が出た。部屋に入ると布団が小さく盛り上がっている。その横に移動し、見下ろすとスースーと息をして胸が動く様子がわかる。

「ありがとう、それで容体はどうだ」


 王都でも時々会う医師は疲れをにじませた顔をしている。

「まぁ、座れ。まずは体の傷だ。所見を渡しておくからよく読め、読みながら聞いとけ」

 医官の額は汗で髪の毛が張り付いている。それなりに大変だったようだ。

「殴る、蹴る、打つ、切るの暴行を受けている。切られたり裂けたりと言った傷は何とか塞いだ。その傷でよく死ななかったとは思うが、犯罪奴隷の効果などではない」

 やはり彼は犯罪奴隷ではなかったのか。安堵するような苦しいようなものが胸にたまる。


「それは薬の副作用だ。王都で禁止されている薬で媚薬の類の一種だが、意思を奪って快楽のために生きる人形にする人形の媚薬だった。その為、感覚が鈍くなっていたことが幸いしたともいえる。あれは長い性行為に耐えるために体の機能が緩やかになるんだ。それを長期間使用すると中毒となって意識がぼんやりするんだ。それが血を流れるのを緩めたのが幸いした」

 医官が次々告げる話を聞きながらカルテも確認する。おびただしいその記録は、拷問の記録と変わりがないものだった。薬を打っていたのが幸いだったのかと疑うほどの傷だった。

「あとは性的な暴行も受けていたとみられる。内臓にダメージがあった。感染症などもあるかもしれないからすぐにはここを動くことはできないだろう。見てわかるけど栄養状態もよくない。保ってるのが不思議なくらいだよ」

 俺があの時いつも通りに奴隷を使って返せば、あるいはすぐにおかしいことに気付けばここまでひどいことにはならなかっただろうと思えば、遣り切れない。

「で、最後にあの奴隷の焼き印だけどアレは偽物だった。呪術もな。それ自体は偽物だが、浮かび出る文様は驚くほど巧妙に似せられていた。探せばもぐりの神官か、神官をやめたやつとか、いまいる神官の中かもしれないが、術を施せる奴がいるんだろう。文様自体をそろそろ更新したほうがいいな。偽造防止に」

 彼は犯罪奴隷ではなかった。何かに巻き込まれただけの一般市民だ。
 親に売られたか。
 攫われたか。

 異国の出のようだから、攫われてきたのかもしれない。だとしたら無事に送り返すのはすごく厳しい道のりになるだろう。

「口の中も傷ついていたから固形物はだいぶ先になるだろう。まぁそれも意識を取り戻すかどうかだけど。で、取り合えずの処置はしたけど、俺は今から他の患者を見に行く。お前はこの子のそばにいて面倒見といてくれ。どこかの誰かさんが段取りをしっちゃかめっちゃかにしちゃったから後処理でみんな困ってるみたいよ。気持ちはわからんでもないけど。何か聞きたいことあるか?」

 一つだけあったので、カルテから顔を上げる。赤みがかった短髪をガシガシかいているこいつに頼むしかない。
「頼む。領主の息子は絶対に生かしてとらえてくれ。アイツらがこの子のことを正直にしゃべるまでは殺すわけにはいかない」


「それいつかは殺すってことなのか? まぁ分かったよ。殺すにしても国の法に則れよ。じゃないと俺は協力しない。俺は医者だからな。いざとなったら緊急連絡筒使ってくれ」

「それを使ったら来てくれるのか?」

「まあな。勝手に野垂れ死ぬのはさすがの俺も止められないからな。可能性のある方を助けるに決まってるだろう。その子の命が消えるのはもっと先のはずだろう?」


 医官が肩を叩き、あんまり自分を責めるなと言って外へ出ていった。
 わかりやすく自分を責めるなんて、慰めてくれと言っているようなもんだ。そんな顔している暇があるなら仕事でもしたほうがいいだろうと、手持ちの魔道具を解析しようと机の上に広げる。

 アンティークの魔道具を分解しながら解析する。文官は文官でも俺は魔道具部の所属だ。主に魔道具を分析しているが、たまにこうやってほかの部にも駆り出される。
 慢性的な人員不足だから仕方がないと言えば仕方がないのだが。


 そっと彼を見やれば眉間にしわが寄って呻いている。その言葉はかすれて上手く聞き取れないが、俺は頭をなでてやることしかできない。はぁはぁと息が苦しそうなので布にしみこませた水を口元にあてると小さくちゅうちゅうと布を吸う。

 がんばれ。
 生きろ。
 まだだろう。
 もっとだ。
 生きていいんだぞ。


 瞼からぽろりと涙がこぼれる。泣いたらのどが渇くぞと言うとまた何かわからない言葉をつぶやいた。
 少しでも気がまぎれるように、悪夢を見ないように歌を歌う。

 眠れ眠れ
 空の向こうまで
 眠れ眠れ
 海の底まで
 眠れ眠れ
 お山とともに
 眠れ眠れ
 川に揺蕩い
 眠れ眠れ
 腕の中で
 ……

 医官が帰ってくるまで歌を歌い続けた。
 歌うと微かに頬が上がった気がしたから。

 ただそれだけだけど、生きてほしいと思った。
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