確かに俺は文官だが

パチェル

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第1章

選択を間違えることもある1

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 滞在している間に借りている部屋に戻れば、中に見知らぬ人間がいた。うつろな目をしていて、焦点が合っているのかわからない。どこを見ているのかよく分からない様子だった。


 反吐が出る。


 事はひと月前までさかのぼる。
 一通の手紙が公的な機関へと運び込まれた。タレコミである。簡単にいうと申請している孤児院の慈善事業に関する費用や、奴隷撲滅にかかった費用そう言った事細かな費用をちょろまかしてるぞと言うものだ。
 調査すると帳簿におかしなところがあったので、文官が視察に行くと伝えた。構えて待っていれば来たのが、やけにくたびれた文官が一人だけ。こんな覇気のない奴確かに御しやすいと思うだろう。


 なんせ今は王都の方もごちゃごちゃしている。隣の国のごたごたに巻き込まれているのだ。
 王の6人いた息子の内3人が亡くなった。流行り病や、事故らしいがそう相次いで亡くなれば家庭内不和が疑われるところだ。その中で奇跡の生還を遂げ信託も下っている第6皇子が、信託で下った守護をあろうことか今は亡き妃のせいで見失ってしまったという事だった。


 それを探すのにかれこれ1年、未だ消息はつかめていない。

 最近では国境を通るのも厳しくなり、国境付近もピリピリしているらしい。国宝と言われる守護を近隣にとられまいとしているのはわかるが失くしたほうが悪いのに、あちらは見つからないことにいら立ってかほかの国が囲っているのではないかと疑い出して。
 もちろんうちの国も疑われている。
 兵を派遣するから独自に調査させろと言われて、はいそうですかとは行かない。
 こちらでも探してみるとは言っているが探して逆に盗まれるのではないかと思われているので特徴も何もあったもんじゃない。
 探そうにも何をヒントに探せばいいのかわかりもしない。

 わかっているのはたいそう美しい獣らしいという事だけ。
 そういう理由で国境付近や王都内、隣国、または隣国からやってきた人物に人を割いており、さらにこの間代替わりしたばかりのうちの王が派閥争いを行って、王城は人員が少ないのだ。

 だからこんなちんけな領主の横領調査の視察に俺が一人で派遣されたんだ。

 やってられない。俺の仕事は魔道具に関する仕事が主だったものだからだ。


 そんな俺に領主たちは接待、接待、接待の嵐を巻き起こした。毎日行われるどんちゃん騒ぎ。視察に行こうとすればおすすめの観光地を案内されたり。業務妨害がひどい。


 俺はそれをやんわりと受け止めつつ、賄賂を渡そうとする領主やそれに追随しているのがどこまでか見極めていた。国から搾取した費用はどこへ行き、国に使っていると報告して消えている費用はどこへ行ったのか。



 中々に腐った人間達らしく、のらりくらりとかわす俺のことを臆病だと罵っていようが気にしていなかったが、ここにきて人間を寄こすようになった。
 いろんな女を寄こした。性病や薬などを仕込んでいないことがわかれば、それなりにお話しし、それなりに相手をして返した。
 一度情報を搾り取ればもういらないのでもういらないと言ったら毎日趣味趣向を変えて人を寄こした。
 それの多くは仕事としての者や、借金奴隷だった。

 成人に満たない女の子が来たときは身売り同然にこちらへやってきたというのでこの子は返さず部屋で保護することにした。

 なるほど孤児院の使い方はほかにもあるようだ。

 これがいけなかったのか子どもが趣味と思われて次もやってきた。次に来た子は自分の仕事として働いていたので、やんわり返し、幼い女の子は使えないのでいらないと言ったら、今日はこれだ。

 ただでさえ仕事が大詰めで忙しいのに、部屋では男の子が座っている。のろのろと動く。

 目や髪が漆黒で体は細すぎるぐらいだ。こういった男娼は相手にしたことがないからよく分からないが、細身を好む相手が多いため無理なダイエットで客をつなぎとめることもあるそうで、幼さがある方が重宝されるらしい。抱く相手として。
 男となるとそういった容姿を保つのはひどく難しい。だから重宝されるのだろうか。
 この子は合法か違法かどちらなのだろう。


 どういった経緯でここに来たのか、相手をする前に、仕事を終わらせようと椅子に座り机に向かっていたら、奴隷が何やらわからない言葉で歌を歌い始めた。耳障りの心地のいい声に、疲れていたのか気づけば寝てしまっていた。

 体がもぞもぞしてふっと自分の息が漏れて目を覚ました。

 自分の股間に熱いものが触れていたので思わず、のけぞって相手を突き飛ばした。
 相手は紙のように軽く吹っ飛んだ。

 俺の股間は情けないことにたち上がっていていた。奴隷は仕事をしただけだというのに突き飛ばされて体を丸めてしまっていた。近づき肩に触れるとびくりとする。

「おい、大丈夫か怪我とかしていないか」
 無理やり顔を上げさせると、唇が紫色になっている。長く伸びた前髪をかき上げ、額を見る。子どもは茫然としたように前を見ている。どこか遠くを。

 その瞳が濁っておらずしばし眺めてしまった。

 体を再び見分し始めて、体中のひどい傷、傷跡を見つける。そうして背中の左側にやけどの跡を見つけた。
 この跡は犯罪奴隷の跡だ。

 下に呪術で20年とある。

 20年。犯罪を犯して20年も意思を奪われた奴隷でいるという判決が下っているのだ。この子どもに。


 どのような重い犯罪を犯したのだろうか。
 王族に対する罪か、国家転覆か、人を大量に殺めたのだろうか。
 20年の罪は重い。人が忌避するような犯罪を犯したという事だ。心根がおぞましいとしか思えない。

 うちの国では奴隷は認められていない。ただし借金奴隷や犯罪奴隷のように例外もある。
 借金奴隷は人権は保障されつつもその借金が正当なものであれば役場で登録し、借金を返し終わるまで働かざるを得ないものだ。仕事は自分で選べるし、税金も免除される部分もある。ただし国からは出られない。更に場所が特定される呪術付きで決まった額を治めないとペナルティもある。ペナルティは借主と要相談だ。
 借金の踏み倒しができないようになっている。

 犯罪奴隷は罪を犯した者への役の代わりだ。意思を奪い人体を売買される。重い刑罰の一つだ。人体実験に使われることもあれば、休みもなく働かされる。踏みにじったモノの対価が大きいほど人としての尊厳を奪い苦しめるのだ。
 それによって更生したかどうか刑期が終わったときに神の審判によって裁かれるのだという。この呪術は神との契約でもあるらしい。この呪術を使うと意思は奪われるが、体が圧倒的に強くなる。いくら傷つけてもなかなか死なないのだ。それで死んでしまえば更生できなかった。刑期が終わったときに解放されるときはその罪に見合った激痛に襲われるという。それに生き残れたら神の思し召しがあったという事で恩赦される。
 古代呪術と現代呪術を合わせたうちならではの刑罰である。死刑よりも厳しい罰として周辺諸国では有名だ。


 そうして今、疲れに疲れた俺の目の前にその犯罪奴隷がいる。
 そんな人間を寄こした領主にも腹が立ち始めた。
 俺はその犯罪奴隷に手紙を持たせて放り出した。

「それを持ってお前の持ち主のところへ帰れ」

 犯罪奴隷は往々にしてこのようにのろのろ動く。意思がないからだ。だから、難しい指示はできない。その犯罪奴隷はペタリペタリと歩いて行った。


 その後、俺はベッドに横になっていた。さすがに寝ないと持たない。

 でも先ほどの奴隷の顔がちらつく。

 数々見てきた犯罪者は大人でも子どもでも眼を見れば何となくその思いが透けて見えた。

 恨み、つらみ、嫉み、妬み、誰かを殺したいと思う目。誰かを蹴落としてでも自分が上にいたいという目。どうしようもなかったんだと誰かのせいにする目。どうすればよかったんだと責める目。悪いことに気付かない目。性根が腐った目。誰かが苦しむのが楽しいという目。
 目、目、目。

 その根底には同じような濁りがある。どんな理由であれ。自分が犯した罪を知っている目だ。



 だが先ほどの奴隷にはその濁りがなかった。あの優しい歌も聞いたことのない歌だった。

 今日の仕事はやめようと思ったのに再び体を動かし始めた。王都へ手紙を飛ばし、この領地にある役所へ出向くことにした。あの奴隷が犯罪奴隷であれ何であれ、ここの町で登録されている人間だ。
 どのような人物か探ってみようと思った。
 どんな犯罪を犯せばあれだけの罪で、その罪を犯してまで澄んだ瞳で居られるのか知りたくなったのだ。
 今の仕事はほぼほぼ終わって、あぶり出しも済んだ。後は報告書を送ったので王都から兵士や騎士がやってきてしょっ引くだろう。
 俺の仕事はそこまで。


 だから少しぐらい違う調べ物をいていたところで怒られはしない。
 暇つぶし程度で始めたことだった。

 しかし、役所で登録された人物を調べてもわからなかった。犯罪奴隷の移動には必ずその場その場で登録がいるのだ。その犯罪奴隷の主人と奴隷のそろった登録だ。

 あの女の子の身元は分かった。
 それなのにあの奴隷の身元は分からない。酒場などで聞き込みをそれとなくしたがそれもめぼしい情報が入ってこない。

 数日して、まだ日も昇り切っていない朝、王都からの連絡を受けた。
 20年の犯罪奴隷の刑を犯したようなものは王都での裁きが必須である。必ず記録があると思ったのだが、近年20年の犯罪奴隷落ちの刑を受けた20歳未満の者の登録の中には見つからなかった。
 そもそもそんなものいなかった。

 俺はそれを読んで飛び起きた。

 そもそも直近でそんな事件を犯した若いものがいるのなら、耳にしていたはずだ。新聞にしろ、町中にしろ、おしゃべりな同僚にしろだ。

 俺はバカだ。


 ならばあの子は。



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