空っぽから生まれた王女

ちくわぶ(まるどらむぎ)

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二度目

15 変化

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前回と同じように、今回も悪阻に苦しんだ。

匂い、寝返りなど些細なきっかけで吐いた。
吐くものなど何もなくても吐いた。

今回もセオができるだけそばにいて私を安心させてくれた。
吐いたら背中をさすってくれた。

苦しかったけれど、前回の経験があるので気持ちには余裕があった。
身体が子を育むものへと変わっていくことに喜びを感じた。

お腹が少し大きくなる頃。
悪阻はいつのまにかおさまり、かわりに今度は、お腹が動くようになった。

こそばゆいようなそれは、お腹の中の子が動いている証。
これにはやはり、なんとも言えない不思議な気持ちになった。

月日が経つにつれお腹の動きは増え、大きく、強くなり。
お腹もどんどん大きくなった。

そして、これ以上ないほどお腹が大きくなった時。
私は出産を迎えた。


けれど。


全身が凍りついた。

その瞬間、私は死ぬのだと思った。
陣痛の痛みで遠のく意識の中だったけれど、はっきりと見えたのだ。

たったひとつしかない山小屋の部屋の隅に、あの小国の。
―――《前回の国王陛下》が立っているのが。


――― 何故、今頃になって! ―――


一瞬そう思ったが、すぐに納得できた。
《前回の、あの小国の国王陛下》が破滅したのは、《前回の私》が――正妃が、産んだ《陛下》とは血の繋がっていない第一王子。
前回の――まさに今、私が産み落とそうとしている、セオの子がいたせいなのだから。


――― 狙いは……この子なの……? ―――


がくがくと身体が震えるのを止められなかった。

殺されてしまう。
これから生まれようとしている子が。
私とセオの子が。


「やめてっ!お願い、この子には手を出さないで!」

陣痛の中、出せる限りの声で叫んだ。

「カタリナ?」

セオにはきっと亡霊のような《前回の、あの小国の国王陛下》の姿は見えていない。
しかし部屋の隅から目を逸らさない私を見て気づいたのか、はっとし、部屋の中を見回した。
無意識にか、赤子が生まれたらそれで臍の緒を切ることにしていた小刀を持った。
小刀でどうにかできるわけではないというのに。

「……カタリナ。また《前回の、あの小国の者たち》か?」

「違っ……あの小国の……へいか……ひとり……。ああーっっ!!」

陣痛の間隔が短くなり、痛みが強くなった。
前回は何度も意識を失いかけたが今回は。今、わずかでも意識を失うわけにはいかない。
歯を食いしばって痛みに耐えた。

ベッドの横から背中を撫でてくれていたセオの手を強く握る。
涙が滲んだ。
それでもはっきりと、目は《前回の、あの小国の国王陛下》を捉えている。

「……ごめんなさい。でも、お願いします。
私は《陛下》の気の済むようにしてくれていい。だけど、この子には何もしないで。
―――お願い……」

私は《陛下》に懇願した。
なんて虫のいい話だろう。わかってる。
だけど前回、罪をおかしたのは《私》だ。《この子》じゃない。

この子じゃ……ない―――――。


強くなっていく陣痛の中、部屋の隅に見えるのは《前回の、あの小国の国王陛下》。

目を逸らせば子の命はない。

そう思えて、私はずっと部屋の隅を睨んでいた。
意識は失わなかった。
セオにしがみついて陣痛の痛みに耐え……やがて。


―――私は、子を出産した。


ああ……《あの子》だと。顔を見てわかった。
力強い産声に安堵した。《また今回も》ちゃんと会えた……。

でもそんな気持ちはすぐに飛んでいった。
お産の最中、ずっと部屋の隅にいた《前回の、あの小国の国王陛下》がゆらゆらとこちらへ近づいてきて、私は息すらできなくなった。

動けなかった。
声が出せなかった。

それはセオも同じだったのか。
セオは黙って生まれたばかりの赤子を抱く私の前に立った。

だが《前回の、あの小国の国王陛下》はなんの問題もなくセオをすり抜けて、私の前に来た。

血の気が引いた。
きっと顔は蒼白だったと思う。
でも《陛下》は私など、見ていなかった。

《陛下》はただ、私の抱いている赤子の顔を見ていた。
赤子の顔をじっと見て、それから。


―――微笑んだ。


そして音もなく部屋を移動しドアの前まで行くと。
すう、と消えた。


私がドアの方を見て放心していたからだろう。
セオは何度も私の名を呼び、私を揺さぶった。

セオの焦った顔を見て、セオに何があったか伝えなければと思ったけれど。
私の口からは嗚咽しか出なかった。

赤子を抱きしめ、私はただ、泣き続けた。

《陛下》が何故、ここに来たのか。
何故、生まれた赤子の顔を見て微笑んだのか。
私にはわからない。

だけど。
《陛下》は確かに微笑んだ。

その微笑みは……私がそうあって欲しいと思うからかもしれない。


《良かった》と。
そう……。


無事に生まれて良かったという、安堵の笑みに見えた。


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