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9 別れ

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次の日の夕方だった。

重い身体を引きずるように帰れば家にあかりが灯っていた。

玄関のドアに近づくと、飯の匂いがした。

躊躇ったが
俺はドアを開けた。

すると

「お帰りなさい、リアン」

そう言って笑うその顔は―――――


「……フィンリー……?」

「なあに?」

「……いや。お前……」

一瞬、夢から覚めたのかと思った。
グレンから妙な話を聞いた夢を見ていたのかと。

だが……。

「ご飯を作ったわ。リアンの好きなものばかりよ。
全部、記憶を取り戻したからできたの。
それから……荷物を取りに来たのよ」

「そうか……」

俺は自分を笑った。
そうだよな、これが現実だ。


「酷い顔ね。グレンが?」

顔に伸びてきた白い手を避けるように横を向いて

「……謝罪は不要だと言っておいてくれ」

と言うと、フィンリーはくすくす笑った。

「言う必要ないわ。
《殴られたい奴を殴っただけだ》って言ってたから」

「そうか」

「痛む?何か冷やす物を持ってこようか?」

「いや。いいんだ。このままで」

「……そう。
じゃあ手と顔を洗ってきて。ご飯、温めておくから」

「ああ。……フィンリー……」

台所へ向かおうとしたフィンリーに声をかけると、フィンリーはくるりと振り返った。

「なあに?」

「……行くんだな」

フィンリーはゆっくり頷くと、

「うん。私、王女だから」

と、何でもないことのように言って微笑んだ。

「そうだな」と答えて俺も笑って見せた。


―――そうだよな。それがお前だ。

行けば腫れ物を隠すように閉じ込められるかもしれない。
それも一生。

わかっていても
それでも、お前は行く。
誘拐の真相を語るために。

誰が真の犯人なのか。

誰が犠牲になったのか。

誰が命をかけて、自分を守ってくれたのか。

どんなに足が震えても、お前は行く。

止められやしないんだ。


食卓に並べられたのは、どれも俺の好きなものばかりだった。

任務から帰ったところだ。
腹は空いている。

けれど何故か食欲はなかった。
俺は半ば強引に、並べられた料理を口に入れていった。


食事が終わる頃。
前に座っていたフィンリーが言った。

「リアン」

「なんだ」

「私はここから遠い地の、とある豪商のお嬢様で。
グレンはそこの従者で。
記憶が戻ったから帰る、ってことにするから。
話を合わせておいてね」

「……その設定いるか?」

「だって王女だなんて言ったら、きっとみんな引いちゃう。
平伏されちゃうよ」

フィンリーは口を尖らせ、俺は笑った。

「確かにな」


水を一口飲んでから、俺は聞いた。

「いつ……発つんだ?」

「……明日の昼前には」

「そうか。
俺は任務だ。見送ってはやれそうにないな」

「いいよ。見送りなんて」

フィンリーが立ち上がった。

食事の終わり。
いつもの、片付けを始める合図みたいなものだった。
俺も立ち上がり、空になった皿をまとめていく。

と。

フィンリーが俺を呼んだ。

「リアン」

「なんだ」

「大好きよ」

「―――――」

まとめていた皿をテーブルに置き、フィンリーの顔を見る。


五年前。
魔物の森近くで拾ったぼろぼろで、俺にくっついてきた小さなガキで

いつの間にか
家族になり一生守っていきたいと思う
俺の唯一になった人の顔だ。


だが、そういえば俺はまともに口にしたことがあっただろうか。
その想いを。
最後の時になってようやく気づいた。


「大好きよ……」

そう繰り返す、そのくしゃくしゃな泣き笑いの顔に、俺は告げる。

きっと同じ
くしゃくしゃな顔で。

最初で最後の告白を。


「ああ……。
俺もだ。……大好きだよ」


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