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妻の声
しおりを挟む「あの人に思うことは何もないわ」
書類を忘れ家に取りに帰った昼下がり。
庭の方から聞こえてきた妻の声に思わず足が止まった。
「あら、フェリはセディクに不満はないの?」
「セディクは良い旦那様なのね。ウチのと違って」
自分の名前が出て、俺は好奇心が抑えられなくなった。
忍び足で声のする方へ近づく。
木の影から見れば妻は友人二人を呼んでお茶会の最中のようだった。
全く、ご婦人がたは気楽でいい。こちらは仕事だというのに。
だが《良い旦那様》と言われたことが嬉しかった。
そうだ。俺は頑張っている。
わかっているじゃないか。
出て行って挨拶をしても良かったのだが、ふと、このまま妻と友人二人のやり取りをこっそりと聞いていたくなった。
妻の本音が聞ける良い機会である。
俺はそのまま木を背に隠れ聞き耳をたてた。
すると聞こえてきたのは―――
「そうじゃないのよ。私はもうあの人に何の感情も持っていないということよ。
あの人に期待するのをやめたの。期待したって傷つくだけだもの」
「え?」
「感謝はしているわ。《お金を持ってきてくれる人》だもの。
でも、それだけよ」
「―――――」
冷や水を浴びた気分だった。
耳を疑った。
だが、声は確かに妻・フェリシアのもので―――――
「フェリ……ねえ。それ、どういうこと?」
「セディクが何かしたの?……まさか浮気?」
妻の言葉に友人たちが相次いで聞く。
俺は震える手で口を押さえた。
そうしないと叫んでしまいそうだったのだ。
恐る恐る覗き見る。
お茶会の席では妻が苦笑していた。
「浮気?さあ。どうかしら。しててもしてなくても、どっちでもいいわ」
「どっちでもいいって貴女……」
「フェリ。もうセディクを愛していないの?あなたたち恋愛結婚じゃない」
「愛?」
妻はきょとんとしている。何を言われたのかわからない、という顔だ。
そして首を傾げて言った。
「そんな気持ちあったのかしら。あったとしても、とっくに失くしたわ。
今では何故あの人と結婚したのかわからないくらいよ」
驚愕した。
なんていう言い草だ。夫に対して。
馬鹿にするにも程がある。
確かに俺の方が惚れて押しまくった。
それは否定しない。
だがフェリも応えてくれた。
愛を囁きあったではないか。
だから結婚したのだ。
結婚してからだってそうだ。
家族になったのだ。
確かにもう恋人同士のように甘く愛を囁き合うことはなくなった。
だがその代わりお互い態度で愛情を示し合ってきたのではないか。
フェリは家事をし子を産み育て、俺は仕事をし生活を支えてきた。
わかっていてくれたんじゃないのか?
俺がいったい誰のために必死に働いていると思っているのか。
少しでも妻子にいい暮らしをさせてやりたいからだ。
それを―――
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