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1000年目

87 物語 ※青

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 ※※※ 青 ※※※



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


昔々のお話です。


地上が滅び、《空にいたもの》たちだけが残されました。

そこで《空にいたもの》たちは、地上を作ることにします。
地上を元通りにしようとしたのです。


しかし問題がありました。


地上を元通りにするには、気の遠くなるような長い年月が必要だったのです。

ですが《空にいたもの》たちにその時間はありません。
《空にいたもの》たちは長寿でしたが、永遠ではありませんでしたから。

作ったばかりの地上を見ながら《空にいたもの》たちは考えました。

自分たちが地上を元通りにする時間はない。
途中まで見守ることしかできない。

ならば安心して残せるところまで地上を発展させられないだろうか。


―――全員が寿命を迎え、地上を見守るものがいなくなるその日までに、出来るだけ地上を発展させることは出来ないだろうか―――


《空にいたもの》たちは《別の世界から戻った人間》に頼むことにしました。
別の世界の《知識》を使って、地上を発展させてもらうことにしたのです。

《別の世界から戻った人間》のおかげで、地上はどんどん発展していきました。

そして《空にいたもの》たちが《安心して残していける》ところまで、地上を発展させることができたのです。


間に合ったのですよ。
《空にいたもの》たちの望みは叶った。


最後のひとりだった《空にいたもの》も、満足して眠りについたことでしょう。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「……それ、本当?」


それまで黙って私の話を聞いていた彼女が言った。
彼女の座っているベッドの横で、私は首を傾げてみせた。

「さあ、どうでしょう。なにせ《物語》ですから」

小さなランプひとつだけが灯る部屋。
色白の彼女の姿が、まるで浮かび上がるように見えていた。

その漆黒の瞳が縋るように私を見つめている。

「……何故、その《物語》を知ってるの?」

「何故でしょう。《昔》知ったのかもしれませんね」

「《昔》の《思い出》が、貴方にもあるの?私と同じように」

「ええ。不思議ですが。どうやらそのようです」

彼女は息を呑んだ。


「……その《最後のひとり》を……貴方は知っているの?」

「ええ。とても良く、ね」

涙の跡が残る彼女の顔が少し綻ぶ。

「……そう。良かった……」

「良かった、ですか?」

「うん。『彼』に仲間がいて。
ずっと《ひとりぼっち》だったんじゃなくて」

「そうですか」

溢れてきた涙を手で押さえながら、それでも彼女は微笑んだ。

「《物語》を話しにきてくれてありがとう。聞けて良かった。
あ、でも誰にも言わない方がいい?」

「そうですね。女性の寝室に入って良いのは夫か父親のみですので。
私が来たことは内緒にしていただけると助かります」

「じゃあエリサにも言っておかなくちゃ」

「ああ、エリサさんに言う必要はありませんよ。
今は隣のお部屋で良く眠っておられますから」

「眠って?」

「ええ。大丈夫、《お酒》を飲まれたわけではありません。
すぐに目を覚まされますよ。エリサさんは大丈夫です。
ですので、私がこうして来たことも、《物語》のことも貴女と私。
そしてジル殿と、《シラユキ》だけの秘密にしましょう」

「え?……白雪?」

「はい。
ラファールは巣立ちまで巣の中の雛を見せませんが、鳴き声は聞こえます。
《シロ》の雛は《2羽》のはずでした」

「……じゃあ。白雪は……」

彼女の瞳が見る見る輝きを取り戻す。
私は微笑んだ。

「ラファールの寿命は長い。
貴女のそばにいますよ。ずっとね」


彼女は一瞬笑った。
だが目にはまた涙が溢れだす。

溢れる涙を手で拭いてやろうとし――だが、やめてハンカチを渡す。
彼女はお礼を言って受け取り、それで涙を拭いた。

「さあ、そろそろお休みになってください。
もう三日もろくに寝ていないのでしょう?」

「……影?」

「はい」

「凄い」と言って彼女は笑った。
それから安心したように大きく息を吐いた。


『仁眼』を持つ彼女に《薬》を使えば気づかれる。
どうしたものかと思っていたが、必要はなかったらしい。

限界だったようだ。

ゆらりと小さく華奢な身体が揺れた。
まぶたも重くなったのだろう。長いまつ毛が伏せられた瞳を覆う。

「どうぞ。眠ってください、我が主人」

促せば彼女は「うん」と返事をして身体を横たえた。
その身に布団を掛けてやる。
と。
彼女は噛み締めるように、言った。

「『彼』も生まれ変わるのね。貴方のように。……今度は地上に」

「…………」

「アズ。もう少し、ここにいてくれる?」

「もちろんです。私は貴女の《盾》。
貴女が安心して眠るまで、ここにおりますよ」

「ふふ。嬉しい……まるで《お父さん》みたい……」



「……我が主人?」

返事はなかった。
彼女はもう夢の住人のようだ。



無防備なその寝顔を見て、私は小さく笑った。


「……本当に貴女は。勘だけはいい」




彼女の寝室を出るとそこには思っていた通り、義弟が立っていた。
呆然とした顔が可笑しかった。


「やはりお前には気づかれたか」

「義兄上……今の話は……」

「聞いていただろう?
ただの《物語》だ。眠れない《子ども》に聞かせた、お伽噺。
気にするようなものでも、《子ども》以外に話すようなものではない。
《わかる》だろう?」

人々は《敬う対象》を失った。
彼女は《最大の守護者》を失った。
誰も知らない方がいい話だ。


「……はい」


正確に理解しているのだろう義弟は頷いた。
そして唇を噛んだ。


そこにあるのは《最大の守護者》を失った彼女を、自分が絶対に守りきるのだという覚悟か。

それとも、
彼女の嘆きを、どうすることも出来なかった自分への怒りか。
私に対する嫉妬か。


――― 『空』はもう、いない ―――


『空』を敬う地上の人間には言えなかった痛み。
ひとり抱えた彼女が泣くために籠ったのは寝室だった。

少女とはいえ、女性の寝室に男が入ることは許されない。
たとえそこがこの、自分の屋敷内であっても、だ。

入ることが出来るのは彼女の夫か、父親のみ。

頼みのエリサにも理由を言わず、ただ泣き続けた彼女に近づけもしなかった口惜しさは相当なものであっただろうな。



私は苦笑しつつ、義弟を残し玄関へと向かった。


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