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1000年目

75 始まり 空の独白4 ※空

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 ※※※ 空 ※※※



笑い声がする。
《王宮》の中だ。

あれは現在の王の唯一の王女だ。
金色の髪、琥珀色の瞳の王女。

今年で8歳。名前はジルゥ・リュ・エン。
家族からは《ジル》と呼ばれている。

100年に一度の《儀式の日》だ。

ずっと楽しみにしていたらしい。
儀式の衣装を着せてもらってはしゃいでいる。

仲の良い兄の王太子ラシュト・レ・オンに抱き上げられてまた笑った。

地上に祭壇を現してやる。

王家の森。
王族、大臣、貴族、《王都の神殿》の司祭たち。

多くの者が見守る中で。

8歳のジルゥ・リュ・エンは参道を歩き、祭壇の前までくると深く一礼し、普段の式典と同じように跪き、感謝の祈りを口にした。

その後、立ち上がると空を見上げて、そして祈った。


「お友達になってください」


私は大いに困った。
そんな《お願い》をされたのは初めてだった。

仲間がいたら何というだろう。

《知識を求められたわけではない。
『ヒトガタ』を降ろす必要はないだろう》

多分、皆がそう判断するはずだ。

だが私は……この小さな王女に『ヒトガタ』を降ろしてやりたかった。

ジルゥ・リュ・エンは再び跪き祈り続けている。

私はひとり考えて。考えて、考えて。
ジルゥ・リュ・エンに一番合いそうな魂を入れ『ヒトガタ』を地上に降ろした。

《別の世界》に30年ほどしかいなかった魂だった。

8歳の王女の友達になれるだろう。
変わった体術や武術の知識を持っていたので『ヒトガタ』を降ろす条件からも外れない。

地上に降ろした『ヒトガタ』は、ジルゥ・リュ・エンとは言葉が違ったらしい。
最初ジルゥ・リュ・エンも『ヒトガタ』も戸惑っていた。

「―――ジル」

「―――シン」

通じたのはお互いの名前だけ。
それでもジルゥ・リュ・エンは『ヒトガタ』の手を取り、それは嬉しそうに笑った。

以前の『ヒトガタ』の中には言葉が通じる他国へと移住する者もいた。
だが私が降ろした『ヒトガタ』は残ることを決めていた。

『ヒトガタ』は言葉を覚え、国に馴染んでいった。

ジルゥ・リュ・エンと同じ《南の宮》に住み、二人で絵本を読んだり紙を折って遊ぶ姿をよく見かけた。

一方で『ヒトガタ』は王宮の騎士に自分の持つ体術や武術の知識を伝えていき、やがて身体が成長すると王宮の騎士の一員となった。

性質であるのか。『ヒトガタ』は言葉が少なくとも人を集めた。

中でも親友と呼んでいたのは王太子ラシュト・レ・オンと銀髪の騎士。
《南の宮》で。ジルゥ・リュ・エンを含めた四人は時間があれば一緒にいた。

ジルゥ・リュ・エンはいつ見ても笑っていた。
隣には、私が彼女の為に選んだ魂を持つ『ヒトガタ』。


二人は愛し合うようになった。


二人を見ていると、何故か胸のあたりがちくりと痛んだ。

地上の人間なら病気だと思うだろうが、私は地上の人間ではない。
病気なら自分で《診える》し《治せる》。

けれど、その痛みは病気ではなく、治りはしなかった。

考えたが理由は分からなかった。


ジルゥ・リュ・エンは笑う。
隣には、私が彼女の為に選んだ魂を持つ『ヒトガタ』。


生涯、変わりはしないだろうと思っていた二人の姿。


しかし


それからわずか十数年後。
私は『ヒトガタ』を空に戻した。


ジルゥ・リュ・エンは唯一の王女だった。
それが大国に望まれた。ただそれだけだった。

弱い王だった。
宴の席。揶揄うようなものだった大国の王からのそれを断る術を持たなかった。

王は独断で、王女ジルゥ・リュ・エンを大国に贈ることを決めた。

後から話を知った王太子ラシュト・レ・オンや大臣に反対され、別の方法での解決を提案されたが王は大国怖さに耳をかさなかった。

父王に大国行きを命じられたジルゥ・リュ・エンはそれを拒んだ。
じきに『ヒトガタ』の妻となることが決まっていたので当然といえよう。

拒まれた王は動揺し、そして焦った。

ジルゥ・リュ・エンを大国へ贈ると言ったのは自分だ。
別の解決策を拒んだのも。

今更、取り消せはしないと王は意地になった。

元は自分が喜んで認めた『ヒトガタ』との婚約を反故にし、
ジルゥ・リュ・エンに大国行きを迫った。

――「大国の話は宴の席の戯れ。いくらでも穏便に済ますことができよう。
それよりも『空の子』様を蔑ろにするとは。『空』に対する不敬である」――

王太子ラシュト・レ・オンも大臣達も、主要な貴族たちも王を諌める。

――「第一の大事は大国との外交である。
『空の子』様のことは内政。『空』には祈りを捧げれば済むことだ」――

一方、《愚王》の相談役であり第一の側近であった《王都の神殿》の司祭たちや、これを機に躍進したい新興貴族はそう主張し譲らない。


弱い王は病んでいった。


王は王太子ラシュト・レ・オンや大臣達、主要な貴族たちを遠ざけた。
側には司祭をはじめとする《王都の神殿》の者と、新興貴族――自分に賛同する者だけを置くようになった。

これには王太子ラシュト・レ・オンも黙ってはいない。
大臣、主要貴族と共に王に対抗する。

《王宮》に不穏な空気が流れ出した。

優勢だったのは王女ジルゥ・リュ・エンと『ヒトガタ』に味方した王太子の側だ。『ヒトガタ』の仲間である王宮の騎士もこちらについていた。

追いつめられた王は大国の協力を得て、王太子側を抑えることにした。

そのために。
なんとしてもジルゥ・リュ・エンを大国に贈るのだと躍起になった。
王宮の騎士に対抗するため王都の兵士、新興貴族の私兵を集める。


そして当然のように争いが起きた。


王女ジルゥ・リュ・エンを奪い合うと思われたその争いで。

王が本当に狙ったのは――『ヒトガタ』だった。


だから戻した。


……だから?

何故戻したんだろう。

王には罰を与えようとした。
しかし、王太子ラシュト・レ・オンに先を越されたのでしなかった。

……何故?

私は何故、王に罰を与えようとしたのだろう。

私は自分の胸のうちがよくわからなかった。


『空』に戻した『ヒトガタ』は損傷が酷く、《治した》ものの眠り続けていた。

魂が不安定になってしまったのか。傷ついたのか。
理由は全くわからなかった。


地上ではジルゥ・リュ・エンが狂ったように泣き叫びながら『ヒトガタ』を呼んでいる。


胸が痛んだ。

自らを《診た》が、病気ではなかった。

ああ、そうか。

これが地上の人間が言う、《悲しい》とか《辛い》とかいう感情なのだと、私は初めて知った。


私にとって、地上の人間は人間だ。


《種》からの、であろうが
『ヒトガタ』であろうが
地上で生まれたのであろうが

私には《全部で人間》という一括りのものだった。


その日

私は、初めて個の。
《ひとりの人間》の為だけに行動した自分に驚いていた。


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