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1000年目

68 閑話 友人 ※近衛隊長

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 ※※※ 近衛隊長 ※※※



王妃は――シーナは私の親友の娘でした。

生まれてすぐから知っていた。
初めてシーナを見た時は赤子とはこれほど愛らしいものかと思いました。

それからも親友を訪ねればシーナに会った。

会うたびに成長していくシーナはそれは可愛らしい少女でした。
できることは何でもしてやろうと思うくらいに。

私は親友と同じように父親のつもりでいたのです。
シーナを娘のように思っていた。

ずっと見守ってやりたかった。

シーナが《王宮》にあがれる年齢になると、私はすぐに彼女を《王宮》に招きました。
シーナも喜んで《王宮》に来てくれた。

私は嬉しかった。
彼女がいる《王宮》は、色鮮やかに見えたのです。

私はシーナを第1王子の妃にしようと考えていました。

喜んでくれると思っていた。

第1王子の妃はいずれ王妃。この国一番の女性となる。
私がシーナに与えられる最高のものだと信じて疑わなかった。

そう考えて――私はある日、シーナにその考えを告げました。

ですがシーナに返事は《否》だった。
それまで私の提案は全て喜んで受けてくれていたのですが……初めて《諾》とは言わなかった。

何故、と問う私にシーナは涙を流しながら言ったのです。

「貴方の息子に嫁ぐくらいなら、死んだ方がましです」と。

私は絶句しました。
シーナはそんな私を見て微笑んで。

「私など……どうぞ捨て置いてくださいませ」

と言い残して《王宮》を出て行きました。
ですが私は…………シーナを捨て置くことなど出来なかった。

気づいたのです。
シーナの涙を見て、ようやく。

自分の想いにも。
そしてシーナの想いにも。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


《南の宮》の庭の一角。
後ろに《北の宮》が見える花畑。

今の《西》の季節、咲く花も多く甘い香りが漂っている。

その中で思い出話をされていた国王陛下は話の最後、
「……ですが……捨て置くべきだったのかもしれない」と言って目を押さえた。

「そうしたらシーナは長生き出来たのかもしれない。
私の判断がシーナの命を奪ったのです」

俺の隣に立っていたエリサが目を見開いた。
陛下の横に座って話を聞いていた《嬢ちゃん》が「え?」と聞き返す。

陛下は目を押さえたまま《嬢ちゃん》に打ち明けた。

「シーナが第3王子を出産した直後です。
私は《無事出産を終えた》シーナに駆け寄った。
嬉しさのあまり横たわるシーナを抱きしめるようにしてそこにいた。
……私がそうして視界を塞いでいた為に
医師たちはシーナの急変に気づくのが遅れたのです」

「―――――」

「そこからはどうやって息をしていたのかも記憶にない。
ただただ、自分を責め続けていた。
自分が替わるからシーナを返してくれと『空』に願い続けた。
願いは届かずそれからは……絶望しかありませんでした。

そんな私は執務に逃げた。
執務に忙殺されていれば何も考えずに済んだので。
昼は《中央》で。夜は《北の宮》で。休まず執務を続けていました。

ですが《北の宮》にいると泣き声が聞こえてきた。
赤子のあの子の――第3王子の泣き声です。

その声を聞くたび責められているのだと思いました。
私はあの子から永遠に母を奪った。
責められて……憎まれて当然です。
憎むべき父など見ずに育つ方があの子には幸せだと思えた」

「――それで《南の宮》にレオンを入れたのですか?
赤ちゃんが泣くのは普通のことなのに。ダメでしょう」

《嬢ちゃん》が呆れたように言えば「そうですね」と言って陛下は小さく笑った。

《嬢ちゃん》にはこの国一番の《尊き方》も形無しだ。

この《嬢ちゃん》は亡き王妃様の生まれ変わり。

そんな突拍子もないことを陛下が言い出された時には《そんな馬鹿な》と思ったのだが……この姿を見ていると不思議と《確信》してしまう自分がいる。

親子以上に歳の離れたお二人。
諭しているのは小さな《嬢ちゃん》の方。

なのに何故か、それが当たり前に見えてくる。
不思議な光景だ。

《嬢ちゃん》が陛下と似合いの歳でないことを残念に思わないでもなかった。

魂は同じであっても《嬢ちゃん》は亡き王妃様ではない。
そうは思っても……亡き王妃様と同じ魂を持つなら陛下の側にいてくれれば、と。

だが今はこれで良かったのではないかと思えてくる。

この不思議な茶飲み友達のようなご関係が、なんともあたたかなのだ。

……《鈍い部下》にとっても良さそうだしな。


見ていれば《嬢ちゃん》は口を尖らせて言った。

「抱きしめてあげればよかったのに。
王妃様はきっと悲しんでいらっしゃいますよ。自分のせいだって」

「―――え?シーナが?」

「王妃様に呼ばれた。だから駆け寄って、側にいたのでしょう?」

《嬢ちゃん》はけろりとそう言いきった。

陛下が信じられないというように《嬢ちゃん》を見た。
俺も驚いてエリサと顔を見合わせる。

「……何故……」と、陛下が問えば《嬢ちゃん》は言った。

「わかりますよ。夫に側に来て欲しい。
出産を終えたばかりの女性なら当然のことです。
……ちゃんとそう伝えたらいいのに。
レオンは国王様を責めたり怒ったりしませんよ」

陛下に対して《困った人だ》と言わんばかりの顔だ。

唇を噛んで笑いを堪える。
どうやらエリサも同じようだ。

「間に合いますよ。今からでも。想いをちゃんとレオンに伝えてください。
王妃様もきっとそう願ってます」

陛下は静かに言った。

「……そうですか」

《嬢ちゃん》は陛下の顔を覗き込むようにして笑った。

「……もしかして。レオンに怒られるのが怖いのですか?
レオンの顔は王妃様そっくりですものね」

エリサと二人、堪えきれずにふきだした。


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