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1000年目

22 夜空 ※エリサ

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 ※※※ エリサ ※※※



「エリサ」

呼ばれて後ろを振り返る。

そこには《キモノ》に似た、この高山に住む一族の衣装を纏ったチヒロ様がいた。

いつものストールを背中から回し腕にかけている。
変わったかけ方だが衣装には似合っていた。

「チヒロ様」

「どうしたの?見張り?」

「まさか。それは彼ら一族にお任せしてます。
私は彼らほど夜目がききませんし見張りは無理ですよ。
ちょっと夜風にあたりたくなっただけです」

「そうなんだ。寒くない?」

「ええ。意外なほどに温かいですね、この衣装」

「うん。私も驚いた。重ね着してるからだけじゃなく、生地も違うみたいね」

「はい。ストールに良く似合ってますよ」

チヒロ様はくるりとまわってみせた。
ふわりとストールが動く。

「寒いかと思ってしてきたんだけど。そんな心配いらなかったみたい。
でも羽衣みたいで素敵でしょう?」

「《ハゴロモ》?」

「あ。物語の天女……ええっと、空に住む女性がしているストールかな?」

まさしく『空の子』の――チヒロ様のストールということか。
そう思ったが、なんとなく言葉にはしなかった。

チヒロ様は夜空を見上げて言う。

「綺麗ね」

同じように夜空を見上げれば――そこにはたくさんの星が瞬いていた。
人が多く明かりのある《王宮》や《王都》ではここまで綺麗には見えない。

確かに素晴らしい眺めだった。
しばしみとれる。

ぽつりとチヒロ様が言った。

「テオも来れば良かったのにね」

「そう言えば。テオ君は誘わなかったのですか?」

「誘ったよ、もちろん。でも《約束だから》って断られちゃった。
意地を張っちゃって。顔を見せてあげたらいいのに。全く、頑固なんだから」

「約束?」

「そう。他ならぬルミナちゃんのためのね」

「……よくわからないのですが。あのルミナちゃんという子は、いったい?
テオ君のお姉さんですか?」

「やだな、違うよエリサ。彼女はテオの婚約者だよ」

「え?!婚約者?!」

「うん」

「こ、婚約者って。待ってください。テオ君は四年前からここにいませんよね?
そうすると。その前からの、ということですか?」

「そうだよ。テオが9歳の時に婚約したんだって」

「………なんという早熟。《彼ら》はそれが普通なんですか?」

「さあ。違うんじゃないかな?二人は特別なんだと思う」

「ルミナちゃんは……今いくつなんですか?」

「テオより3つ年上。今年で16歳だよ」

「16……」

と言うことは四年前。
テオ君と別れた時は12歳ということになる。

12歳からずっと婚約者の――テオ君の帰りを待っていたのだ。

ああ。なるほど、と思う。
それであの涙だったのだ。

四年間、行方不明だったテオ君が元気でいることがわかったのだ。
それだけで、どれだけほっとしただろう。

テオ君が、今も自分を想ってくれているとわかる便りをもらったのだ。
それはどれほど嬉しかっただろう。

「――良かったですね。ルミナちゃん」

「うん」

良かった。本当に。
私も嬉しくなった。

なによりも……《羨ましい》ではなく《良かった》と。
彼女のことを心からそう思えることが嬉しい―――。

「それにしても。真っ暗だね。お手洗いは外なんだよね。提灯欲しいな」

「《チョウチン》?」

「《前》にいた国にあったの。ローソクを入れて使う照明器具だよ。
綺麗なんだよ?お祭りにいっぱい吊るしたり、お店の入り口に飾ったり」

「………またローソクですか」

「また?」

「チヒロ様が《前》にいたという国ですよ。
誕生日にはケーキにローソク。結婚式には大きなケーキに、テーブルの上のローソクに火を灯して歩くんでしたよね」

「ああ!よく覚えてるね、エリサ」

「忘れませんよ。チヒロ様に言われたことは全て覚えています。
それにローソクのことは驚きましたからね。
この国ではローソクといえば燭台ですから」

「そっか。言われてみれば《前》の国では色々なことにローソクを使っていたかな。
神聖な行事に使ったり、死者を悼むために灯したり。
種類も色もいっぱいあったなあ。中には絵を描いたものまで……あっ!」

「どうしたんですか?」

「テオのお父さんに言ってみようかと思って。あのテオのお父さんだもの。
何か作ってくれるかも」

「……そうですね」

「ここの皆さんともお話ししたいな。
どんな人たちで、どんな生活をしているのか詳しく知りたいし」

「……そうですか」

「まずは植物だけどね。黒く光る植物――死病の特効薬の原料にできる植物。
中でも、手に入らない植物のかわりになるものがここにあるといいな」

「…………そうですね」

隣のチヒロ様を見る。

目的の植物が手に入ったら――そのあと、チヒロ様はどうしたいだろう。

《王宮》にいることを望まれるだろうか。

旅での生き生きとした様子。

そしてこの高山で出会ったテオ君の一族。
《キモノ》に似た服のせいだろうか。

まるで《ここ》が本当の、チヒロ様の居場所のようで―――。


「帰ろうか」

「え?!」

「みんなのところに。ふふ、ひと部屋にみんなで泊まるなんて。
まるで修学旅行だよね」

「《シューガクリョコウ》?」

「枕投げ、は駄目だよね。あと出来そうなことといえば……百物語でもする?」

「《ヒャクモノガタリ》?」

「《前》の国にあったの。
一人一本ローソクを持って。怖い話をしたらローソクの火を吹き消すんだよ」

力が抜けた。

「…………またローソクですか…………」


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