上 下
125 / 197
1000年目

17 ダザル卿 ※チヒロ

しおりを挟む



 ※※※ チヒロ ※※※



「え、今日はコドリッド伯のお屋敷に泊めてもらうの?」

「そうです。今日から高山の調査を終えるまで、コドリッド伯のお屋敷にお世話になります」

旅に出てから六日目。

ようやく目的地である高山が見えたと思ったら、馬車が向かう方向が変わった。
訳がわからずたずねると、セバス先生が答えてくれたのだけど……。

私は首を傾げる。

「泊めてもらうって。
今回の旅はお忍びでしょう?
何故これまでと同じように平民の宿じゃないの?
貴族の方のお屋敷なんて……大丈夫なの?」

「はい。これまでのように一泊の宿ならともかく、高山の調査の間――数日間、連泊するのに適した宿がこの辺りにはありません。
そしてこの領地を管理するコドリッド伯は、我が主人のお知り合いでレオン様もご存知の方なのです。
協力してもらえるように話がついています」

「……シンの知り合い?」

「はい」

「じゃあ私のこともご存知なの?」

「はい。もちろんです」

なるほど。それならわかる。
シンの知り合いで、この旅の一行に私――『空の子』がいると知っていて協力してくれる方なのだ。
連泊するならコドリッド伯のお屋敷ほど安全なところはない。

でも……。

「でもコドリッド伯のお屋敷に泊めてもらうってことは、高山まで毎日移動することになるってことだよね?
大変じゃない?
私、野宿でも大丈夫だよ?ずっと高山にいた方が――」

「――させられませんよ。チヒロ様にそんなこと。危険です。
どんな獣や害虫が出るかわからないのですから」

「でもテオの一族はそこに住んでいるんでしょう?」

「高山を知り尽くしている彼らと我々は違います」

「そうだろうけど……」

私は顎に手をやり、そして言った。

「……ダザル卿」

高山にあるという、ほのかに黒く光る植物を送ってくれた方の名だ。

「高山があるのはダザル卿のご領地なんだよね?ここからじゃ遠くないの?」

セバス先生は微笑んだ。

「良くご存知でしたね。確かに高山はダザル卿のご領地です。
ですが隣の領地とはいえコドリッド伯のお屋敷からそれほど離れてはいません。
《お屋敷》で比べれば、隣の御領主コドリッド伯のお屋敷の方が高山には近いくらいなのです。
何せダザル卿のご領地は広大ですから」

「そうなんだ」

「はい。それに《高山》といっても何も頂上付近まで行くわけではありません。
《高山》ですから。上の方は人や動植物の生きられる環境ではありませんので。
植物があるのもテオの家族が住まれているのも麓の方なのです。
近くまでは馬車で行けますから移動時間もそうはかかりません」

そうか。
それでもご領地の高山に入るのだ。ダザル卿にご挨拶くらい……と思う。

あの、ほのかに黒く光る植物を送っていただいた時も、私からはお礼をお伝えしてはいないし。

けど、それは無理だよね。
今回はお忍びの旅だ。

《王宮》には《私》と《エリサ》がいる。
高山に――ダザル卿のご領地に入ったことも気づかれてはいけないのだ。

ましてや、ご挨拶なんて―――。

「―――――」

「どうかされましたか?」

セバス先生の問いに私は首を横に振った。

「……ううん。宿か。野宿かな、と思ってたから。
貴族の方のお屋敷に泊まるなんて、ちょっと驚いただけ」

「そうですか」

馬車はコドリッド伯のお屋敷に入り、コドリッド伯ご夫妻と家令さんがわざわざ挨拶に来てくれた。

「屋敷の者には良く言い置いてありますが、何かご不便なことがありましたら何でもおっしゃってください」

そう言ってくれたコドリッド伯は丸顔の、とても人の良さそうな方だった。

《王宮》を思い出す広い部屋へと案内され、侍女さんが荷物を置いて下がった。

「久しぶりですね。こういうお部屋」

エリサが部屋を見まわして言う。

「エリサ」

「はい」

「隣の領地の……ダザル卿のこと知ってる?」

「はい?――もちろんです。貴族筆頭と言っても過言ではない方ですよ。
前王妃様のお父様。王太子殿下とリューク公の外祖父にあたられる方で、国王陛下をずっと支えてこられた方ですから」

「国王様を?」

「ええ。昔の話ですが。
前国王陛下には現在の国王陛下しかお子様がいらっしゃいませんでしたから王家の弱体化が懸念されていたのです。
しかしダザル卿が当時の王太子殿下――現在の国王陛下の後ろ盾になられたので事なきを得たと」

「そうなんだ。……どんな方?」

「……どう、と言われても。
私はずっと《南の宮》配属ですし。他の隊の者ともそう言った話は……。
ただ印象は最上位貴族らしく強い方、と言った感じです」

「そう……」

「何か気になることでもあるんですか?」

「ううん。そういうわけじゃないんだけど……ちょっとね」

前王妃様のお父様で王太子殿下とリューク公のお祖父様だ。
亡き王妃様の子どもであるレオンはあまり親しくはないのかもしれない。

少なくとも、私を任せられる方ではない、と判断したのだ。シンも。
それでコドリッド伯、なの?

そんなことを考えていたらエリサが教えてくれた。

「あの……。実は騎士の中であまり評判の良い方ではありません。
王太子殿下には申し訳ないのですが」

私はエリサに抱きついた。

「ありがとう、エリサ」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ざまぁ対象の悪役令嬢は穏やかな日常を所望します

たぬきち25番
ファンタジー
*『第16回ファンタジー小説大賞【大賞】・【読者賞】W受賞』 *書籍化2024年9月下旬発売 ※書籍化の関係で1章が近日中にレンタルに切り替わりますことをご報告いたします。 彼氏にフラれた直後に異世界転生。気が付くと、ラノベの中の悪役令嬢クローディアになっていた。すでに周りからの評判は最悪なのに、王太子の婚約者。しかも政略結婚なので婚約解消不可?! 王太子は主人公と熱愛中。私は結婚前からお飾りの王太子妃決定。さらに、私は王太子妃として鬼の公爵子息がお目付け役に……。 しかも、私……ざまぁ対象!! ざまぁ回避のために、なんやかんや大忙しです!! ※【感想欄について】感想ありがとうございます。皆様にお知らせとお願いです。 感想欄は多くの方が読まれますので、過激または攻撃的な発言、乱暴な言葉遣い、ポジティブ・ネガティブに関わらず他の方のお名前を出した感想、またこの作品は成人指定ではありませんので卑猥だと思われる発言など、読んだ方がお心を痛めたり、不快だと感じるような内容は承認を控えさせて頂きたいと思います。トラブルに発展してしまうと、感想欄を閉じることも検討しなければならなくなりますので、どうかご理解いただければと思います。

お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

『特別』を願った僕の転生先は放置された第7皇子!?

mio
ファンタジー
 特別になることを望む『平凡』な大学生・弥登陽斗はある日突然亡くなる。  神様に『特別』になりたい願いを叶えてやると言われ、生まれ変わった先は異世界の第7皇子!? しかも母親はなんだかさびれた離宮に追いやられているし、騎士団に入っている兄はなかなか会うことができない。それでも穏やかな日々。 そんな生活も母の死を境に変わっていく。なぜか絡んでくる異母兄弟をあしらいつつ、兄の元で剣に魔法に、いろいろと学んでいくことに。兄と兄の部下との新たな日常に、以前とはまた違った幸せを感じていた。 日常を壊し、強制的に終わらせたとある不幸が起こるまでは。    神様、一つ言わせてください。僕が言っていた特別はこういうことではないと思うんですけど!?  他サイトでも投稿しております。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

【完結】公爵令嬢の私に騎士も誰も敵わないのですか?

海野幻創
ファンタジー
公爵令嬢であるエマ・ヴァロワは、最高の結婚をするために幼いころから努力を続けてきた。 そんなエマの婚約者となったのは、多くの人から尊敬を集め、立派な方だと口々に評される名門貴族の跡取り息子、コンティ公爵だった。 夢が叶いそうだと期待に胸を膨らませ、結婚準備をしていたのだが── 「おそろしい女……」 助けてあげたのにも関わらず、お礼をして抱きしめてくれるどころか、コンティ公爵は化け物を見るような目つきで逃げ去っていった。 なんて男! 最高の結婚相手だなんて間違いだったわ! 自国でも隣国でも結婚相手に恵まれず、結婚相手を探すだけの社交界から離れたくなった私は、遠い北の地に住む母の元へ行くことに決めた。 遠い2000キロの旅路を執事のシュヴァリエと共に行く。 仕える者に対する態度がなっていない最低の執事だけど、必死になって私を守るし、どうやらとても強いらしい── しかし、シュヴァリエは私の方がもっと強いのだという。まさかとは思ったが、それには理由があったのだ。

ワガママ令嬢に転生かと思ったら王妃選定が始まり私は咬ませ犬だった

天冨七緒
恋愛
交通事故にあって目覚めると見知らぬ人間ばかり。 私が誰でここがどこなのか、部屋に山積みされていた新聞で情報を得れば、私は数日後に始まる王子妃選定に立候補している一人だと知る。 辞退を考えるも次期王妃となるこの選定は、必ず行われなければならず人数が揃わない限り辞退は許されない。 そして候補の一人は王子の恋人。 新聞の見出しも『誰もが認める王子の恋人とワガママで有名な女が王妃の座を巡る』とある。 私は結局辞退出来ないまま、王宮へ移り王妃選定に参加する…そう、参加するだけ… 心変わりなんてしない。 王子とその恋人の幸せを祈りながら私は王宮を去ると決めている… 読んでくださりありがとうございます。 感想を頂き続編…らしき話を執筆してみました。本編とは違い、ミステリー…重たい話になっております。 完結まで書き上げており、見直ししてから公開予定です。一日4・5話投稿します。夕方の時間は未定です。 よろしくお願いいたします。 それと、もしよろしければ感想や意見を頂ければと思っております。 書きたいものを全部書いてしまった為に同じ話を繰り返しているや、ダラダラと長いと感じる部分、後半は謎解きのようにしたのですが、ヒントをどれだけ書くべきか書きすぎ等も意見を頂ければと思います。 宜しくお願いします。

公爵家に生まれて初日に跡継ぎ失格の烙印を押されましたが今日も元気に生きてます!

小択出新都
ファンタジー
 異世界に転生して公爵家の娘に生まれてきたエトワだが、魔力をほとんどもたずに生まれてきたため、生後0ヶ月で跡継ぎ失格の烙印を押されてしまう。  跡継ぎ失格といっても、すぐに家を追い出されたりはしないし、学校にも通わせてもらえるし、15歳までに家を出ればいいから、まあ恵まれてるよね、とのんきに暮らしていたエトワ。  だけど跡継ぎ問題を解決するために、分家から同い年の少年少女たちからその候補が選ばれることになり。  彼らには試練として、エトワ(ともたされた家宝、むしろこっちがメイン)が15歳になるまでの護衛役が命ぜられることになった。  仮の主人というか、実質、案山子みたいなものとして、彼らに護衛されることになったエトワだが、一癖ある男の子たちから、素直な女の子までいろんな子がいて、困惑しつつも彼らの成長を見守ることにするのだった。

処理中です...