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1000年目
13 旅路 ※チヒロ
しおりを挟む※※※ チヒロ ※※※
目が離せなかった。
「チヒロ様、揺れますよ。気をつけてください」
エリサに何度も言われたけど、頭をぶつけることくらいどうってことなかった。
小さな窓から見えるのはそれほど素敵な景色だった。
馬車は揺れた。
ほんの少しだけ走った王都の道はレンガで舗装されていたので快適だったが、王都を出てからは固い土の道が続いている。
それでも馬車に何かしらの工夫がされているんだろう。
道の悪さが全て身体に伝わっているわけではないのはわかった。
ただ前世の、電車や自動車とは比べ物にならない。
前世の《私》――《千尋》は、その快適なはずの電車や自動車でも乗り物酔いしやすかった。
だから実は密かに心配していたのだけど……
そんな心配は杞憂だった。
私はなんと全く平気だったのだ。
本当に良かった。
目的地である高山に着くまで吐き続ける、なんてことにならなくて……。
この身体に感謝だ。
おかげで心置きなく外の景色を見ていられた。
外の景色はそれはもう面白かった!
街道沿いの、林、畑、風車?遠くに小さく見える家、川、橋。
そして町に入れば色とりどりの家、宿やいろんなお店、そして……人、人、人!
当たり前だがいろんな人がいた。
服装も、持ち物も、髪型も、髪色も。
老人もいれば壮年、青年、子どもたちもいる。
汗を流して働いている人もいれば、店先で声を張り上げて何かを売っている人。
談笑しながら歩く二人連れ、親子連れ、遊んでいる子どもたち。
いいなあ……。こういう感じ、大好き!
初めて見る町。そこで暮らしている平民の皆さんの姿。
大好きだと思うのは一般市民(平民)だった《千尋》の記憶のせいなのか。
それとも私の気持ちなのか。
シンに言ったら「私の気持ちでしょう」と言い切るんだろうな。
確かに私の気持ちだ。でもそれは《千尋》の記憶によるところが大きい。
《私たち》はそんな関係なのだ。切っても切れない。
馬車はその町で止まった。
私は馬車から降りると縮こまっていた身体をほぐすために大きく伸びをした。
「はー、面白かった!」
エリサが笑う。
「楽しそうで何よりです。でもあまりはしゃぐとこれから持ちませんよ」
「はい、《お姉さん》」
エリサはしまったと言う顔をした。
こほん、と咳払いをして言い直す。
「はしゃぎ過ぎちゃ駄目よ。まだ少し馬車に乗るんだからね」
「はあい」
楽しくなる。
私たちは今、《家族》なのだ。
エリサはお姉さんでセバス先生はお父さん。
あれ、そういえば《人攫い》はどうしよう。
まあ《お兄ちゃん》かな。
《王宮》でも《お屋敷》でもない。
初めての平民の町を確かめるように歩く。
次の町までは距離があるため、少し早いけどこの町で《お昼ごはん》を食べると聞いていた。
《お姉さん》には「はしゃぎ過ぎちゃ駄目」と言われたけど、これが興奮せずにいられようか!
わくわくしながら《家族》に連れられ着いたのは――木の看板が掲げられた黄色の壁の、可愛らしいが大きめの食堂だった。ドアが大きく開けられている。
「え、待って。ご飯はお店で食べるの?」
「ええ。そうよ。……どうかしたの?」
「てっきり屋台だと思っていたの。お店の中に入るなんて……大丈夫なの?」
私はそっと小声で《お姉さん》に言う。
《お姉さん》のエリサも小声で答えた。
「ああ。大丈夫ですよ。
ほら、この店はテーブルごとに衝立で仕切ってあるでしょう?
こちらの方が、屋台で買って外で食べるよりむしろ目立ちません」
言われて開いているドアから中を見る。
――カウンター席と、4~6人が座れるくらいのテーブル席が3つある食堂だ。
テーブルとテーブルの間はゆったりと広く開けられていて、そこにはくの字に折れる衝立があり、座っている人の顔は他のテーブル席からもカウンター席からも見えにくいように工夫がされていた。
「本当だ」
《お父さん》――セバス先生に促され食堂に入り、一番端のテーブル席につく。
料理――はよくわからないからおすすめだと言う単品料理をいくつか注文した。
そして、そっと店内をうかがう。
「早い時間なのに。混んでるんだね」
カウンターは残り2席。テーブル席は私たちが入ったことで埋まっていた。
「そうね。みんなお昼時は混むから時間をずらしているのよ。それより。
ひとまず、お花摘みに行きましょうか」
エリサが立ち上がってお店の奥を指さした。
私も続く。
「はい、お姉さん」
と、《人攫い》が手をあげた。
「あー。待って。俺も行く」
「え、えっと――お、《お兄さん》も?」
途端に《お姉さん》――エリサが冷たい声で言った。
「バカな《兄》は後にしろ」
「ええー。ひどいなあ」
《人攫い》は全くこたえてなさそうに言った。
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