119 / 197
1000年目
11 出発 ※エリサ
しおりを挟む※※※ エリサ ※※※
「チヒロ様!そろそろ出発しましょう。馬車に乗ってください」
「今行くわ」
声をかければもういちど馬を撫で、チヒロ様はこちらへと歩き出した。
《茶色》の髪が風に揺れている。
チヒロ様が提案し、《王宮》の衣装係とお針子達が作った《カツラ》だ。
――「髪色を変えるおしゃれなんて素敵でしょう?」――
と、チヒロ様は言った。
だが実は《おしゃれの為ではなく、チヒロ様がお忍びの為に使いたいのだ》と全員が察した。
『空の子』特有の漆黒の髪を隠し、気付かれず外出するため。
《キモノ》に《侍女服》に数々の小物。
ずっと一緒に作ってきて皆、チヒロ様の性格は良くわかっていた。
チヒロ様の場合、髪色だけ変えたところで瞳の色、その容姿で忍べはしないと思うのだが……本人はそこには気付いておられない。
何故気付かないのか。理由は単純だ。
チヒロ様はほとんど――いや、全くと言っていいほど鏡をご覧にならないから。
髪を整えるのは侍女がやっているし、ご自分で《キモノ》を着られても全身を確認するのみ。
チヒロ様はご自分のお顔に全く興味がないらしい。
―――ともかく。
《カツラ》は良くできていた。
それもそのはず。なにせ《本物の人の毛》で出来ているのだ。
衣装係とお針子達の髪を使って作られている。
似たような茶色の髪を持つ者が一房ずつ、髪を提供して作られたもの。
チヒロ様は出来上がった《カツラ》を抱きしめて何度もお礼を言われていた。
今回の旅では、その《カツラ》を被っていただく。
馬車を降りる時は用心し、帽子も被っていただくつもりだ。
服はもちろん平民服。いつものストールは目立つのでカバンに入れてある。
これで遠目には《平民の、茶色の髪の少女》に見えるだろう。
同行するのは私とセバス様。
懐に目立たない《王家の盾》が持つ剣――チヒロ様が《カイケン》と言われていた剣を持っている。
親戚の家を訪ねる父と娘二人を装うのだ。
もちろん《他》にもレオン様が手を打たれてはいるが。
大人数で移動すれば目立ってしまう。
これが最善の策だと言える。
「エリサ。この馬車で行くの?」
馬車を見上げながらチヒロ様が言った。
《王宮》とここ、副隊長のお屋敷を行き来する馬車とは形が違う。
どこの馬車なのか示す紋章もついていない、質素な木で作られた箱型の馬車だ。
初めて見る形に驚かれたのだろう。
私は頷いた。
「はい。これで行きます。
これは平民が使う中距離を移動する馬車なので、目立ちませんから」
「中距離?……五日間乗るんだよね?長距離じゃないんだ」
「これで途中、馬と共に馬車を変えながら進みます。
長距離用の馬車になると《大金を積んでいる》と思われるかもしれませんから」
「あ、そうか。長旅にはお金が必要だものね。
トマスさんとニアハン先生の馬車も同じなの?」
「はい、同じ馬車を用意してあります。
二台で動くと目立つので、もう一台の馬車はお二人が《王宮》からこちらへ来られてから。
時間をおいて出発します」
今回の旅には「医師が一緒の方が良いだろう」とレオン様が言われたので医師も同行する。
レオン様が言われる前から「ぜひ連れて行って欲しい」と懇願していたトマスさんとニアハン医師だ。
それにしても。
医師たちの馬車はまだ。しかし、こちらはもう出発の予定時刻なのだが……。
「遅いなあ……」と、チヒロ様が言われた。
私も同意する。
「ええ。確かに。どうしたんでしょうね、セバス様は」
「……あー。あの。エリサ?」
「はい。何でしょう?――あ。来ましたよ。セバス様」
「すみません。お待たせしました。言い置いておくことが多くて」
セバス様はそう言って小走りでやってきた。
チヒロ様がそんなセバス様に言う。
「セバス先生、良かったんですか?私についてきてもらっても。
家令さんがしばらく留守にするなんて、お屋敷の方が大変では」
「心配にはおよびませんよ。ちゃんと家令見習いに言いつけてきましたからね」
「そうですか……」
セバス様にうながされチヒロ様が馬車に乗り、セバス様と私も続く。
私はチヒロ様の横に座ると声をかけた。
「では、いよいよ出発です。きちんと座ってくださいね、チヒロ様」
「あ、待って、エリサ。まだ――」
その瞬間どかっと音がして、開いたままだった馬車のドアから男が飛び込んできた。
「どーも、セバス様。もうちょっとそっちに詰めてもらえませんかねえ。
俺も乗りたいんで」
そう言った顔を見て目を丸くする。
「―――なっ!お前!!何故ここへ?」
セバス様もわなわなと震えながら男を指差した。
「どうしてここにいる!ついさっきお前には屋敷を任せると言っただろう!
屋敷をどうする気だ!」
「あー……それが。実はお嬢様に命令されてましてー」
「「――っチヒロ様?!」」
セバス様と声が揃った。
チヒロ様は頭をかいている。
「えへへ。ちょっとお願いしたの。一緒に来てって」
男は呆れたように言った。
「はあ?お願いって言うより脅しでしょう。有無を言わせなかったくせに」
「「――っチヒロ様?!」」
またセバス様と声が揃った。
セバス様は首を振る。
「いやっ!何でもいい。とにかくお前は帰りなさい。屋敷が心配だ」
「えー。そんなに言うならセバス様が帰って下さいよ。俺、無理なんで」
「馬鹿を言うな!私は我が主人だけでなくレオン様にも頼まれたのだ!
お前が帰れ!」
「だーかーらー。無理ですって。帰ると俺、殿下に殺されちゃうんで。
……いや。先に我が主人にかなあ?」
「は?」
「はあ。命がいくつあっても足りないなあ」
男は頭を掻きながらのんびり言った。
「「……何したんだ、お前」」
またセバス様と声が揃う。
「まあいいじゃないですか。そういうわけなんで、俺も一緒に行きますよ。
あー、屋敷は大丈夫ですって。アイシャに任せて来ましたから」
「アイシャ?」
チヒロ様が首を傾げた。
「あー。しまったあ。内緒だったんだ。ついうっかり。
お嬢様、俺が言ったことは黙っててくださいね。怒られちゃうんで」
男がにっと笑った。
―――わざとらしい……。
セバス様の唇の端が上がったのも見えた。
「え、アイシャって……私の侍女をしてくれてたあのアイシャ?え?
そのアイシャがこの屋敷に?ってことは。アイシャは《王家の盾》の?え?
アイシャはもしかして本当は騎士なの?
ええっ?……ちょっと待ってよ。
――ってことは!
《子どもにチヒロと名付ける屋敷の者》ってアイシャのこと?
くうううううー。シンってば!絶対、わざと言わなかったわね?!」
気付いたチヒロ様が怒りの声を上げた。
当然です。副隊長。何故言わなかったんだろう……。
―――それより。
《アイシャが副隊長の屋敷の者だと気付くか気付かないか》
この二人……。《気付く方》に賭けた自分達が勝つために反則しやがった。
ほくそ笑んでいたセバス様だったが、はたと気付いて怒鳴った。
「ちょっと待て!何故アイシャなんだ!男達はどうしたんだ!男達は!」
「あー。まあ、だいたい屋敷にいると思いますけど。
でもちょーっと旅に出たやつもいるかなあ?
……いや、何人残ってるかな」
「何?」
「あはは、だからアイシャに言ってきましたー。
子どもがいるから、さすがに旅は無理でしょう?
男は誰が残るかわからなくてー。
ま、大丈夫ですよ。非常時の良い訓練になるじゃないですかあ」
セバス様はもう何も言わず頭を抱えて身体を折った。
「揃いも揃ってこの屋敷の連中は……」
0
お気に入りに追加
110
あなたにおすすめの小説
シャーロック伯爵令嬢は虐げられてもめげませんっ!!だって中身は氷河期アラフィフ負け組女ですからっ!!
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
1年に1度の王宮で開催されている舞踏会で、シャーロック伯爵令嬢は周りからの悪意に耐えていた。その中の1人の令嬢から、グラスを投げつけられ運悪く頭に当たり倒れてしまう。
翌日シャーロックが目を覚ますと、前世の記憶が走馬灯状態で脳内を駆け巡った。
シャーロックの前世は、氷河期アラフィフ負け組女だった⁈
そして、舞踏会に付けて行ったはずの婚約者からの指輪が無くなった事で、シャーロックは婚約者から責められ婚約破棄される
時を同じくして、王都内では猟奇的殺人事件が起こる。その犯人にシャーロックは仕立上げられてしまう。
でも、そんな事に屈するシャーロックでは無かった。
どうやら私は竜騎士様の運命の番みたいです!!
ハルン
恋愛
私、月宮真琴は小さい頃に児童養護施設の前に捨てられていた所を拾われた。それ以来、施設の皆んなと助け合いながら暮らしていた。
だが、18歳の誕生日を迎えたら不思議な声が聞こえて突然異世界にやって来てしまった!
「…此処どこ?」
どうやら私は元々、この世界の住人だったらしい。原因は分からないが、地球に飛ばされた私は18歳になり再び元の世界に戻って来たようだ。
「ようやく会えた。俺の番」
何より、この世界には私の運命の相手がいたのだ。
誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら
Rohdea
恋愛
───酔っ払って人を踏みつけたら……いつしか恋になりました!?
政略結婚で王子を婚約者に持つ侯爵令嬢のガーネット。
十八歳の誕生日、開かれていたパーティーで親友に裏切られて冤罪を着せられてしまう。
さらにその場で王子から婚約破棄をされた挙句、その親友に王子の婚約者の座も奪われることに。
(───よくも、やってくれたわね?)
親友と婚約者に復讐を誓いながらも、嵌められた苛立ちが止まらず、
パーティーで浴びるようにヤケ酒をし続けたガーネット。
そんな中、熱を冷まそうと出た庭先で、
(邪魔よっ!)
目の前に転がっていた“邪魔な何か”を思いっきり踏みつけた。
しかし、その“邪魔な何か”は、物ではなく────……
★リクエストの多かった、~踏まれて始まる恋~
『結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが』
こちらの話のヒーローの父と母の馴れ初め話です。
愛されていないはずの婚約者に「貴方に愛されることなど望んでいませんわ」と申し上げたら溺愛されました
海咲雪
恋愛
「セレア、もう一度言う。私はセレアを愛している」
「どうやら、私の愛は伝わっていなかったらしい。これからは思う存分セレアを愛でることにしよう」
「他の男を愛することは婚約者の私が一切認めない。君が愛を注いでいいのも愛を注がれていいのも私だけだ」
貴方が愛しているのはあの男爵令嬢でしょう・・・?
何故、私を愛するふりをするのですか?
[登場人物]
セレア・シャルロット・・・伯爵令嬢。ノア・ヴィアーズの婚約者。ノアのことを建前ではなく本当に愛している。
×
ノア・ヴィアーズ・・・王族。セレア・シャルロットの婚約者。
リア・セルナード・・・男爵令嬢。ノア・ヴィアーズと恋仲であると噂が立っている。
アレン・シールベルト・・・伯爵家の一人息子。セレアとは幼い頃から仲が良い友達。実はセレアのことを・・・?
裏切りのその後 〜現実を目の当たりにした令嬢の行動〜
AliceJoker
恋愛
卒業パーティの夜
私はちょっと外の空気を吸おうとベランダに出た。
だがベランダに出た途端、私は見てはいけない物を見てしまった。
そう、私の婚約者と親友が愛を囁いて抱き合ってるとこを…
____________________________________________________
ゆるふわ(?)設定です。
浮気ものの話を自分なりにアレンジしたものです!
2つのエンドがあります。
本格的なざまぁは他視点からです。
*別視点読まなくても大丈夫です!本編とエンドは繋がってます!
*別視点はざまぁ専用です!
小説家になろうにも掲載しています。
HOT14位 (2020.09.16)
HOT1位 (2020.09.17-18)
恋愛1位(2020.09.17 - 20)
王太子様には優秀な妹の方がお似合いですから、いつまでも私にこだわる必要なんてありませんよ?
木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるラルリアは、優秀な妹に比べて平凡な人間であった。
これといって秀でた点がない彼女は、いつも妹と比較されて、時には罵倒されていたのである。
しかしそんなラルリアはある時、王太子の婚約者に選ばれた。
それに誰よりも驚いたのは、彼女自身である。仮に公爵家と王家の婚約がなされるとしても、その対象となるのは妹だと思っていたからだ。
事実として、社交界ではその婚約は非難されていた。
妹の方を王家に嫁がせる方が有益であると、有力者達は考えていたのだ。
故にラルリアも、婚約者である王太子アドルヴに婚約を変更するように進言した。しかし彼は、頑なにラルリアとの婚約を望んでいた。どうやらこの婚約自体、彼が提案したものであるようなのだ。
愛しの令嬢の時巡り
紫月
恋愛
乙女ゲームの世界で婚約破棄をされてしまう令嬢リュシエンヌ。シナリオを知りつつも彼を心から愛していた。そんな彼女が時を巡り真相に辿り着く。
※※※
初回から残酷な描写が入ります。
苦手な方はご注意ください。
定番の婚約破棄の話で、新しい切り口はないかと模索しました。
名前を少々変更しました。訂正します。
お付き合いいただけたら嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる