113 / 197
1000年目
05 医師たち ※チヒロ
しおりを挟む※※※ チヒロ ※※※
医師たちは話を続けている。
「この羽虫が成虫で、あの水の中にいた細長い透明の虫が幼虫だったんですね」
「水と一緒に飲んだ幼虫が人の体内で成長し、皮膚の下でサナギになる。
それが成虫になる時に、毒で人の皮膚を溶かして傷を作り出てくる。
その傷に残された毒が死病の原因。それで決まりかな」
「あとは、ごくたまに他人にうつることがある原因を突きとめたいな」
「傷に残された毒が死病の原因なら。
その傷を別の人間の傷と合わせたら毒がうつる、と思ったんだけど。
誰も死病に罹らなかったね」
―――トマスさんの傷に合わせてみたんだ。自分たちに傷を作って。
「傷を舐めれば毒がうつるのでは、って全員でトマスの傷を舐めもしたよな。
それでもやっぱり誰も罹らなかった」
―――全員、舐めたんだ。
「毒を残された人の体液から別の人へとうつるのかも、と思ってトマスの食べ残しもらったけど、同じく誰もうつらなかったしねえ」
―――食べ残し。
「血液ももらったけどうつらなかったぞ」
―――血……舐めたの?それとも自分の傷にすりこんだの?
「ロウエン先生は排泄物を疑って調べてたけど、うつらなかったしなあ……」
―――想像したくない!
医師たちはもう全員、私が『仁眼』を持っていると知っている。
傷はともかく、唾液も血も……(排泄される前の)排泄物も。
『仁眼』で黒いシミに見えなかったことも知っている。
それでも試さずにいられなかったのだ。
多分。人の体に入れば毒に変化する可能性もある、と。
「どれも医局の人数だけじゃ《絶対にうつらない》とは言い切れないけど。
大勢の人間で試せることでもないし」
「いや、やっぱり虫のせいじゃないか?
近所でたまたま偶然、同じ時期に死病に罹れば《うつった》と思い込んでもおかしくない」
「それかなあ……」
「患者から出てきた成虫にも毒があって、成虫から毒をもらうということはないかな」
「ああ!ありうる」
「チヒロ様、この成虫は毒を持っているのでしょうか?」
ニアハン医師に聞かれ、私は首を傾げた。
「いえ、毒はないです。この成虫に黒いシミは見えません。何故なんでしょう」
私の言葉を聞いて医師たちは様々な持論を話し始める。
完全に毒を使い切って出てきたからではないか?
この後、毒を取得するのでは?
この個体はオスで、メスならば毒を含んだ卵を持っているのではないか?
成虫に毒はなく、幼虫だけ毒が作れるのではないか?
あるいは幼虫は毒を含んだ食べ物を食べ、毒が身体に蓄積されているのでは?
そもそも、この虫は何を食べるのか?
幼虫は井戸の中を再現してやれば生きていたが何か食べていたのか?
食べていたのなら何を食べていたのか?
成虫はこの後、どこで暮らすのか?
何を食べるのか?どうやって繁殖するのか?
この虫を増やして実験できないか?
……同じ虫を探しに行くか?
こうなるともう話は終わらない。
レオンが医師たちを労うために、食事を用意してくれた。
実験のあいだ中、みんな簡単な食事しかできなかったのだ。
美味しそうな料理がのるテーブルを前にしているのに、医師の皆さんは食べるより死病の話に熱が入っている。
「あのさ……」
声をあげたのはサンチュレ医師だ。
医師たちの目が向く。
サンチュレ医師は言った。
「成虫が出て来る時に、出てくるところを塞いでいたらどうなるんだろう」
「え?」
「トマスから成虫が出てきたのは手の甲だ。人は手を良く使うだろう?
洗ったり風呂に入ったり。手の甲が水の中にあることもある。そんな時に成虫は出てこないんだろうか。
他に。他人がそこに触れていることもある。
……他の人間が触れている時に、成虫が出てくることは?」
聞いていた医師たちが声を上げる。
「……他の人間が成虫が出るのを塞いでいたら……成虫はその人間の身体も毒で溶かす?」
「お前!それなんでもっと早く言わなかったんだよ!
そしたらトマスから成虫が出てくる時、《そこ》を触っていたのに!」
「いや。それで成虫が出てこれず死んでしまったら元も子もないだろ」
「ああー!もう一度実験して確かめたい!」
ニアハン医師が言った。
「――いや。待って。医局に《死病がうつった》例の報告書があるよね。
あれを見れば傷の位置がわかる。
……もしかしたらサンチュレの想像したように《成虫が出てくる時に、そこに触れていたから死病がうつった》のかどうか、わかるんじゃ……」
医師たちは競うようにして飛び出して行った。
―――すごい………。
残された私は感心を通り越して呆れてしまった………。
0
お気に入りに追加
118
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~
丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。
一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。
それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。
ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。
ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。
もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは……
これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。
【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです
ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。
女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。
前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る!
そんな変わった公爵令嬢の物語。
アルファポリスOnly
2019/4/21 完結しました。
沢山のお気に入り、本当に感謝します。
7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。
2021年9月。
ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。
10月、再び完結に戻します。
御声援御愛読ありがとうございました。
【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜
白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」
即位したばかりの国王が、宣言した。
真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。
だが、そこには大きな秘密があった。
王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。
この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。
そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。
第一部 貴族学園編
私の名前はレティシア。
政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。
だから、いとこの双子の姉ってことになってる。
この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。
私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。
第二部 魔法学校編
失ってしまったかけがえのない人。
復讐のために精霊王と契約する。
魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。
毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。
修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。
前半は、ほのぼのゆっくり進みます。
後半は、どろどろさくさくです。
小説家になろう様にも投稿してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる