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999年目
20 黒い虫 ※エリサ
しおりを挟む※※※ エリサ ※※※
王太子妃様にお茶会の退席をお許しをいただき、チヒロ様と私は《東の宮》を後にする。
中の水をこぼさないように慎重にマグカップを持ち、しかし急ぎ足のチヒロ様が向かう方向に私は仰天した。
「チヒロ様、待ってください!南の宮に戻るのではないのですか?」
「このまま中央の医局に行くわ!」
私は青くなった。
てっきり一旦、南の宮へ戻りレオン様に許可を得て医局に行くと思っていた。
慌ててチヒロ様を説得する。
「チヒロ様!だめです!
医局に一人で行かないようにと以前、レオン様から言われたではありませんか!
一旦、南の宮に帰りレオン様に許可をいただいてからにしましょう」
しかしチヒロ様は足を止められはしなかった。
「――駄目よ、エリサ!
一刻も早くロウエン先生に見せたいの。《これ》が死んでしまう前に!」
「それは……しかし!許可も取らず護衛が私だけで中央へは――」
私の声に、チヒロ様はようやく足を止めた。
しかし納得されていないのは顔でわかる。
チヒロ様はまわりを見回した。
庭園や各宮の前にポツポツと配置された警護の騎士に目をやる。
東の宮もちらりと見られたが―――首を横に振った。
声の届くところに配置されている警護の騎士達もいるが、同行を頼むわけにはいかない。彼らは任務でそこにいるのだから。
そして東の宮。今出て来たばかりなので目の前だ。
王太子妃様にお願いすれば護衛騎士を出して貰えるかもしれない。
が、王太子妃様はご懐妊中。幼い王子様もいらっしゃる。
自分の為に東の宮が、たとえ騎士一人でも手薄になるのは嫌だと判断されたのだと察する。
次にチヒロ様は南の宮に目を向けた。
南の宮は見えてはいる。
しかしチヒロ様が一旦行くのを躊躇うほどに遠い。
それでもやはり。遠回りにはなるが南の宮へ戻った方がいい。
どう言ってチヒロ様を説得しようか考えていたら――チヒロ様は目を瞑ると
願うように呟いた。
「――ジル」
―――え?
ジル殿?
ここでジル殿の名?何故?
「あの………チヒロ様?」
その時。
とん、と軽い音がして。すでにチヒロ様の後ろにジル殿はいた。
腰を抜かすかと思った。
―――嘘でしょ?? どっから来られた!!
思わずまわりを見た。
庭園や宮の前。目に見える範囲にいる警護の騎士達の驚きが伝わってくる。
一方、名前を呼んだチヒロ様も、まさかジル殿がやってくるとは思っていなかったらしい。
驚いた顔で私を見た。
そして息を吐き力を抜くと、ジル殿の首に頭を寄せた。
「ありがとう、ジル。来てくれたのね」
ジル殿もチヒロ様の肩に首をまわした。
「これで《護衛》は増えたし、多分すぐにシンに何かあったと伝わるわよね?」
笑顔のチヒロ様を前に、もう何も言えなくなる。
早く医局へ行きたいお気持ちは痛いほどわかる。私だって同じ気持ちなのだ。
《神獣》のジル殿が一緒なら誰もチヒロ様に近づけはしまい。
チヒロ様に危険はない。
……後で叱られるだろう。医局も驚かせてしまうだろうが……覚悟を決める。
しかしレオン様にはいち早く《医局へ向かった》と知らせなければならない。
ジル殿が来たから「多分、副隊長に伝わる」ではあまりに心許ないし。
近くにいた警護の騎士に
「自分達は医局へ向かったとレオン様に伝えてください」
と伝言を頼んだ。
それを騎士から騎士へと伝え、最終的に南の宮へ伝わるようにしてくれと依頼する。
それなら騎士は持ち場を離れなくてもいいし、副隊長まで素早く確実に伝わるはずだ。そしてレオン様にも。
それにしても……。
やってきたジル殿にも驚いたけど、護衛に伝言を頼むって………。
……銀狼です。
神獣ですよ。ジル殿は。
そう思ったが言葉にするのは諦めて、私は既に歩き出していたチヒロ様に従った。
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