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998年目
40 光景 ※レオン
しおりを挟む※※※ レオン ※※※
「仕組んだね。シン」
シンとセバスと僕。三人になったところで僕は聞くことにした。
もう生きて戻ることはないと思っていた《南の宮》の執務室。
淡い黄色を基調にしている内装の部屋は何故か今までより眩しく感じる。
僕は無言でいるシンに更に言う。
「第2王子に付いていたあの護衛たち。
第2王子のことを思い動いているようでいて違った。
奴が大勢の人前で僕をつきとばしても、何を叫んでも止めなかった。
あれは君の手の者――《王家の盾》の者なんだろう?」
「………」
「……エリサと一緒に連れて行った《南》の護衛の彼もそうだ。
僕はわざわざ《普通の護衛騎士》を選んだのに。
彼も《王家の盾》の者?聞いていなかったな」
シンはようやく口を開いた。
「あれは殿下が選んだ《普通の護衛騎士》の格好をした《王家の盾》の者です。
直前で《本人》と交代させました」
僕は思わず苦笑した。
「変装か。うっかり忘れていたよ。《あの男》で見ていたのに。
つまりあの場にいた護衛騎士はエリサ以外みんな《王家の盾》だったわけだ」
「はい」
「シン」
「はい」
「……何故。手を出したの?」
シンは答えない。
セバスも無言でドア近くに立ったままだ。
僕はシンと会ってからの6年間を思い出し手を握る。
「6年間。僕は散々言ったよね。《あれは僕の獲物だから手を出すな》と。
だけど。君は変わらなかったんだね。奴に手を出した初めから。
それはそうか。
君は《王家の盾》だものね。
王家が危うくなるかもしれないのに黙って見ていてくれるはずはなかったかな。
……すっかり騙されたな。
君は《僕に》仕えてくれる騎士だとばかり思っていたよ。
ああ、僕を油断させるために自分の手の内を――アイシャの夫や《南の宮》にいる《王家の盾》のことを僕に話し聞かせていたのかな。
あとは。
お前も共犯かな?セバス。《あの男》も。
三人で僕の邪魔をしたの?」
セバスは黙ったままだ。
静かにシンが言った。
「………気は済んだでしょう?殿下」
「―――」
「第2王子は今回の件で処罰される。臣下に落とされるのは確実です。
自尊心が高く、王族であることにこだわる第2王子には耐え難い処分でしょう。
……それだけではない。
殿下だけでなく『空の子』様にまで暴言を吐き、手を出そうとしたのです。
もっと重い罰がくだるかもしれません」
「―――」
「第2王子の言動はそのまま王家の醜聞にもなりました。貴方の望んだ通りに。
国王陛下もこの件で――」
「――上手く立ちまわられたものだ。あの場を収めてみせた。王は無傷だ。
それだけが残念だよ。
さすがは慣例を無視して王の座に居座り続けているだけのことはあるな」
「国王陛下は望んで王でいらっしゃるわけではありません」
「―――」
「ご存知でしょう?
国王陛下は王太子ご夫妻に王子が誕生された翌年に、慣例通り退位されるおつもりで、その準備もされておられました。
予定通り退位されなかったのは殿下が『空の子』様を降ろされたからです。
それも過去の、どの時代にも前例のない女性の『空の子』様を。
高い知識の有無など関係ない。
神殿や貴族など、欲する者は多いでしょう。
どうお守りするかは国一番の問題です。
ひとつ判断を誤れば国を揺るがせかねない。
そのような存在の『空の子』様を即位したばかりの王に任せ自分は退く。
そんなことはできなかった。
それで国王陛下は王位に留まられたのです。
……おわかりなのでしょう、殿下。
『空の子』様を守ることは貴方を守ることにも――」
「――『空の子』と王家。そして国を守るためだ。僕の為じゃない」
「殿下。第2王子には重い処罰を。
王家には醜聞を。
国王陛下には息子を落とすという選択をさせたのです。
もうそれで十分ではないですか。
―――貴方が死ぬ必要はない」
笑った。
「気付いていたんだ。…………それで《このナイフ》?」
僕は執務机の上に持っていたナイフを置く。
《マンゲキョウ》より少し長いくらいの、ただの楕円形の細長い棒にしか見えないそれは《王家の盾》の者が使う独特の形のナイフだ。
「いつ、どこでどうやったのかは知らないけど上手くすり替えたよね。
しかも僕が君にもらったのとそっくり。
見分けがつかないな。
だけど何?このナイフ」
僕はナイフを抜くと、右手に持って左手のひらを突いて見せた。
が、刀身が引っ込んで刺さりはしない。
しかも刀身は木か何かで作られ銀箔が貼られている物らしく傷ひとつ作らない。
「それはテオが作りました。」
「テオ!ははっ。彼まで一枚かんでいるの」
「よくできているでしょう?
チヒロ様に差し上げる《玩具》だと言ったら喜んで作ってくれました」
「……用意がいいね」
「殿下は《チヒロ様を連れて、死病の特効薬に使えそうな植物を医局に届けに行った帰り道で《西》を罠にかけるつもり》だと言われました。
私もそうされるだろうと思っていた。
そして確実に《西》を落とし、王家の醜聞を広め、国王陛下を退位に追い込みたい殿下がそこで自ら派手に消えて見せる気であることも……察していました。
行動を共にするチヒロ様に『仁眼』がある以上、薬物は使えないでしょう。
殿下が使うのはこの、持っていることを悟られにくいナイフだと思いまして。
《玩具》を用意いたしました。本物はこちらに」
シンが胸から出し執務机の上に置いた《本物のナイフ》がことりと音をたてた。
剣が欲しいと頼んでも危険だといっさい手に取らせてくれなかったセバスとは逆に、どうぞとあっさりシンがくれたもの。
《玩具》と並べて置いてみればやはりそっくりで見分けはつかない。
それをじっと見つめて考える。
何故だろう。
王家のためを思うなら今日の、僕が考えた茶番を止めれば良かっただけだ。
僕は《第3》王子だ。王家の存亡にそれほど関係はない。
そんな僕が王家にとって危うい存在となったなら、僕を内々に消せばよかっただけではないのか。
《王家の盾》ならば、その方法はいくらでもある。
なのに僕の仕組んだ茶番に付き合った。
―――その理由は?
「シン。……君は何故ここまでしたの?」
聞けば、シンからは信じられない答えが返ってきた。
「殿下。お忘れですか?私は貴方の盾です」
「――は?」
「貴方を《我が主人》と呼ぶことは出来なくとも。
私は貴方の盾で、貴方と常に共にあり、貴方の命を守る者です」
言われてはじめて僕は10歳の時の、ひとつの光景を思い出す。
だがそれは―――。
「……まさか……10歳の……子どもの頃の……ままごとだ!
このナイフを剣に見立ててした!そんなものは《騎士の忠誠の誓い》とは――」
「――それでも。
あの日、貴方は私が貴方の盾となることを許可して下さいました。
きちんと《ご自分の剣で》誓いをしてくださった」
「10歳の子どもに忠誠を誓うなんて!何故そんなことを――」
「――貴方が鳥の雛を助けた時に。決めたのです」
シンの言葉で思い浮かぶ光景が変わる。
「……雛……。…………《シロ》…………を?」
「親鳥さえ見捨てた忌み色の、白い鳥の雛を躊躇うことなく助けた。
たがが色の違いで忌むなど馬鹿馬鹿しいと言って。
あの時に。私は貴方の盾になると決めたのです」
「そんな……ことで……?」
「殿下にとって些細なことでも、私にとっては些細なことではありませんが。
決意のきっかけなど。きっと皆、他からは些細だと思われることです」
呆然とする。
僕は震える手をどうにか机の上で組んだ。
「……僕の運命は。あの小さな雛鳥で決まったのか」
「はい」
高い木の上にある巣から親に落とされた白い雛。
拾い上げ連れ帰った僕。
ナイフをくれたシン。
《忠誠の誓い》の仕方をご存知ですかと聞かれて。
それで―――――。
僕の頭に浮かぶ光景は変わり続けている。
くるくると
シンの言葉にまわされて。
それはまるで―――――。
見れば机の上には《マンゲキョウ》があった。
「あげる」と差し出してきた少女の顔が浮かぶ。
拳を作る。
息を整える。
僕は……償えるだろうか。
「……シン」
「はい」
「……ありがとう……」
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