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998年目

34 その日 ※エリサ

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 ※※※ エリサ ※※※



その日、届けられた植物の中に、仄かに黒く光る物があるとチヒロ様が言った。

かなり珍しいのだろう。
届けられた植物は三本きりで、どれも弱々しく枯れそうだった。

いや、枯れそうなのは輸送されていた時間が長かったからかもしれない。

届けられた植物の産地は王宮のある王都からは馬車で5日。
とある地方の、国境近くの高山だった。

そう言った私にチヒロ様(おばあちゃん)は「エリサは物知りねえ。凄いわ」と感心したように言われたが。

私だってこの国の全ての地理が頭に入っているわけではない。
むしろ生まれ育った小さな村と、10歳からいる王都しか知らないので地理には疎いくらいだ。

それでも私がその植物がある場所の名前を知っていた理由は2年前。
《あの男》がハリスと任務に出かけ、大怪我を負った場所だったから。

その場所から届けられた植物―――。

私は身震いした。
何故だか不安になる。

チヒロ様は植物を両手でそっと持ち、上げたり下げたりされている。
そのうち自信なさそうに呟かれた。

「本当に弱い光でしかないから、特効薬に使えるかどうかはわからないけど」

途端に我にかえる。

「とにかく、医局へ。ロウエン先生にお渡ししましょう。あっ!
まずはレオン様に連絡を!外の護衛騎士に頼んできます」

「大丈夫?落ち着いてね、エリサ」

「はい!」

《大丈夫?》は最近、顔を合わせる人にずっと言われている気がする言葉だ。
今日はチヒロ様にも言われてしまった……。うう。情けない。

私に妊娠を告げたアイシャの姿を思い出す。

――「ここに赤ちゃんがいるの」――

お腹に手を当ててそう言ったアイシャの微笑みはそれは柔らかくて綺麗で。
私は号泣してしまったのだ。嬉しくて。アイシャの幸せが嬉しくて。

おめでとう以外言えなかった。自分のことのように嬉しかった。それは本当だ。

だけど。
ずっと一緒だったアイシャが剣を置き、もうすぐ王宮からも居なくなる。
心にぽっかりと空いてしまった大きな穴は埋めようもなくて。

情けないことに私は、このところ失敗ばかりしている。
しっかりしなければ!と気合を入れる。
これじゃあアイシャにも心配をかけてしまう。

しっかりしろ、私!


しばらくしてレオン様への連絡を頼んだ護衛が戻ってきて、やはりレオン様とチヒロ様で中央の医局を訪問されることになったと聞かされた。

―――それは想像していたのだが。

何故かそのまま私は、連絡を頼んだ護衛の彼と二人、レオン様の執務室に
呼び出された。

そして―――。

「……手を……出すな?」

何を言われたのか理解できずに聞き返してしまった。
不敬だがレオン様は咎めることなく言った。

「そう。
先日ロウエンに招かれて医局に行ったことを《西》の第2王子に気付かれてね。
今日、医局に行けばきっと、どこかで絡まれると思う。
でも僕一人で対処するから《君たち》は手を出さないで欲しいんだ。
―――何があってもね」

「僕と《西》は仲が悪いのは知っているだろう?大ごとにしたくないんだ」
と、レオン様は念を押すように言い、話を終わらせた。

―――やはり何を言われたのかわからない。

私は呆気に取られたままだ。

《君たち》というのは私と、私の横に並んで立っている彼のことだろうか?
私がレオン様への連絡を頼んだ護衛の彼?
つまり。副隊長は今日、一緒に《中央》の医局には行かれないということか?

おかしい。そんなこと、今まで一度もなかった。

なのに何故?
しかも今日?

《西》の第2王子は副隊長が苦手だ。
副隊長がいれば話しかけて来ないどころか近づいてもこない。

第2王子に絡まれるかもしれない、というなら今日こそ副隊長がレオン様を護衛するべきではないのだろうか?


しかし副隊長はレオン様の横に黙って立っているだけだ。
発言する様子はない。

何か説明が欲しくて副隊長を見れば、私は違う方向から声をかけられた。

「――エリサ。君はチヒロの《盾》だろう?」

「レ……殿下」

「僕を気にかけなくていい。君はチヒロを守るんだ。いいね」

「はい」と言うしかない。

執務室を後にしてチヒロ様のもとへと向かう。

「……あの。どういうことでしょうか」

「さあ」

護衛の彼も不安だったのだろう。
執務室を出たと同時に聞かれたが、私だって首を捻るばかりだ。

彼には「殿下には何かお考えがあるのよ」と、当たり障りのない返事をしたが。

私の不安はそんな間にもどんどん募っていった。

《中央》の医局へ行くだけだ。ただそれだけ。
なのに何故こんなに不安になる?

―――何が起きている?

いいや。……レオン様は何かを起こそうとしている?

何を?嫌な予感しかしない。
私は、どうすればいい?

副隊長もいないなんて。
こんなこと初めてだ。

ねえアイシャ。
こんな時、アイシャだったらどうする?

私ははっとして両手で頬を叩いた。

気づいてしまった。

私はなんて弱いのだ。
アイシャが居なくなるせいだ。
アイシャなしで何かするのが不安で仕方がないのだ。

いつも一緒にいる親友で、同僚だと思っていた。
なのにいつの間にこんなにアイシャに頼りきっていたのだろう―――。

泣きたくなる。
だが歯を食いしばって意地でこらえる。

前を向け!

どうせなら頼っていたアイシャを見習え!

思い出せ。アイシャはどうしてた?
お腹に手をあて微笑んでいた。

剣を置き
アイシャは子どもを守ると決めたんだ。

深呼吸をして気持ちを整える。

……そうだ、同じだ。

道は別れても
離れても
私はアイシャと一緒。

弱くても
不安になっても

私は剣を持つ

レオン様にチヒロ様

一度守ると決めた命は守るのだ―――。


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