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998年目

22 飄々男 ※エリサ

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 ※※※ エリサ ※※※



「出たな、飄々男」

ひょろりと現れた男を見て、私は顔を顰めた。

副隊長の屋敷に滞在して3日。
テオが順調に快復し、もう大丈夫だと王宮医師に診断された。

私とチヒロ様は王宮へ戻ることになり、これから馬車へ乗ろうとしていたところだ。

男の子の服を着て、髪を帽子に入れたチヒロ様が私の後ろからひょこっと顔を出し、男を見て言った。

「エリサ、知り合い?」

問われた私より早く、男が返事をする。

「はは、元・同僚ですよ。
怪我したんで騎士を辞め、ここで働かせて貰ってるんです。
ここは元騎士ばかりで居心地が良いんで」

「そうなんだ」

「居候ですよ。居候」

吐き捨てるように言ってやる。

「ええー。久しぶりに会ったのに。エリサは相変わらず俺にキツイよねー」

男からはやはり、ふざけた声が返ってきた。

何しにきたのかと問えば、男はチヒロ様にお礼が言いたかったのだと言う。

「もっと早く言いたかったんだけどね。仕事がちょーっと忙しくなっちゃって」

「ああ、そう」

そうでしょうとも。今日もよく来れたものだ。

チヒロ様は男と私の顔を交互に見比べている。

男はチヒロ様の前に来ると、奴にしては丁寧な一礼をした。

「ありがと、お嬢様。テオを助けてくれて。テオは恩人なんだ」

「恩人?」

チヒロ様が聞くと、男は頭をかいた。

「そう。いやあテオには色々お世話になっていてさあ。あははは」

……自分が抜けた分、テオに仕事でも押し付けてんのか、この男は。

付き合ってられるか。

レオン様に王宮に戻る時間をお伝えしてあるのだ。
遅れるわけにはいかない。

私は再び馬車を指す。

「さて、ではチヒロ様。王宮へ帰りましょうか」

「……ねえ、エリサ。やっぱり今日帰らないとダメ?」

肩が落ちる。

「……やっぱりまだ言いますか。
ここの屋敷の皆さんにもう挨拶も済ませたと言うのに」

「はあ?お嬢様は王宮に帰るのはお嫌なんですか?」

「厨房を初めて見たの。王宮のは立ち入り禁止だから。
お料理教えてもらいたかったのになあ」

「やめて下さい。私がレオン様に叱られます。そのかわり、はい、これを」

私は秘策を出す。

チヒロ様は私から一枚の紙を受け取って、首を傾げた。

「チヒロ様が気に入っておられたパイのレシピです。
この屋敷の厨房の方から教えてもらいました。
これであのパイが王宮でも食べられますよ」

チヒロ様の顔がみるみる輝く。

「ありがとう!エリサ大好き!」

チヒロ様が私に飛びついた。

「はは、仲良しだねぇ」と、軽く男が言う。


しかしその直後だった。


「エリサは本当に良い子ね。
ああ……本当に、こんな孫娘がいたら何でもしてあげたのに」

―――出たな、おばあちゃん。

男は信じられないものを見た、と言う顔を私に向け言った。

「え……どういうこと?……どんな関係?」


……そうだな。まあいいか。

不本意ではあるが、お前に一番はじめに教えてやろう。

男に、にっと笑ってやる。

そうして私は、飛びついてきた小さな身体をそっと抱き返した。



全く、どうしてこうなった?

尊敬する副隊長の部下。

念願の、レオン様の騎士でいるはずだったのに。

とんでもない人に捕まった。

でも、もう心は決まった。


一生側にいたい方に、私は出会ってしまったのだ―――――。


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