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997年目
28 陽光 ※セバス
しおりを挟む※※※ セバス ※※※
「やってくれたね、セバス」
「申し訳ありません。罰は如何様にも」
「いいよ別に。
セバスが行動にでた理由も、わからないでもないし。
彼女が『シン』の名前に気付いた時点で《愚王》のこともいつか知れると思っていたしね。
隠し通す気があったわけでもない。
あとは彼女が好きに判断すればいいさ」
「レオン様……」
二人きりの執務室。
会話が途切れれば音はなく、まるで時が止まったかのようだ。
レオン様は執務机につき、ただ静かに微笑んでいる。
私はレオン様の前に立ったまま、目を伏せ我が主人の帰りを待った。
幼い頃のレオン様が目の奥に浮かぶ。
よく泣く疳の強い赤ん坊であった頃。
黄金色の髪を揺らし無邪気に走りまわられていた頃。
王妃様譲りの陽だまりのようにあたたかだった瞳が、冷えはじめたのはいつの頃だっただろうかーーー
そのまま永遠にも感じる時間が過ぎ
ドアがノックされ、我が主人が戻ってこられた。
レオン様の正面にいた私は、我が主人に場所を譲り、後ろへと移動する。
小さく息を吐いてから、レオン様は我が主人に尋ねた。
「シン。チヒロはどんな様子だった?」
「庭に出たいと」
「は?」
「庭を散歩することを許可して欲しいそうです」
「……何?……何でそうなったの?」
レオン様は肩を震わせると……可笑しくてたまらない様子で、とうとう笑いだされた。
執務室に笑い声が響く。
「そうか。
もうひと月以上、部屋の中だからね。
いいよ。エリサと一緒なら許可すると伝えて。
あと、この南の宮の中も許可する。自由にしていい」
「他に、手先の器用な人を紹介して欲しいそうです。
簡単な作りの物が頼みたいそうですが。
……《かの国》の物だと」
レオン様はまた笑う。
「《かの国》の物か。
簡単な物と言われても、へたな人間には任せられないかな」
「そこで、ですが。我が家のテオではどうでしょうか」
「テオ?……テオって《あの》テオ?」
「はい。
今は10歳になり下働きをしていますが、手先が器用で細工もこなします。
作製に時間がかかっても融通がきく身ですし、何より――」
「――外部に漏れないね」
「はい」
「しかもシンの屋敷の人間ならセバスと一緒に来てもらえるし、ジルにも慣れている。
……そして子どもか。いいね。お願いできるかな?」
「では明日からでも」
「うん」と、レオン様は我が主人に軽く頷いて
そして私に顔を向けると
「すごいね、お前のご主人様は」と悪戯っぽくおっしゃった。
不覚にも目に熱いものが込み上げてきて、私は我が主人に向け頭を下げる。
我が主人がチヒロ様にどんな言葉をかけたのかは分からない。
しかしその言葉はチヒロ様に届き、チヒロ様はご自分の意思でここにとどまる
ことにして下さったのだ。
《『空の子』である貴女が空へと帰ればレオン様は。この国はどうなるか》
私がやったことは半ば脅しだ。
300年前にこの国であった悲劇を――《王家の盾》の秘録を伝えることで、なんの罪もない少女に――チヒロ様に、卑しくもこの国に留まるよう迫った。
私が身勝手にもチヒロ様の《情》にすがりついて成そうとしたことを
我が主人はチヒロ様の《心》を動かし成し遂げて下さったのだ。
私の言葉に傷つきただ涙を流されていたチヒロ様は、今は笑顔なのだろう。
レオン様が今、そうであるように―――
この方を《我が主人》と呼べたことを誇りに思う。
もう二度と、そうお呼びすることは叶わないだろうが。
それも仕方がない。私の行動は侍従の契約を破棄されて当然の行為だ。
《王家の盾》――主人の家の秘録はわずかな者たちしか知らない、秘中の秘。
私はそれを我が主人の許可も取らず、勝手に部外者に伝えたのだ。
それも『空の子』であるチヒロ様にだけにではない。あの場にはエリサもいた。
許されるはずがないが、覚悟の上だった。
レオン様を《愚王》にはさせない為に私ができることは出来たのだ。
悔いはない。
「セバス」
我が主人の声に、終わりの時だと覚悟を決める。
私は首を垂れたまま姿勢を正した。
「はい」
「良くやった」
「…………は……」
思わず声が漏れた。
聞こえた言葉が上手く理解できない。
恐る恐る顔を上げる。
「我が主人。私の……処罰は……」
我が主人は眉をひそめた。
「聞こえなかったのか?私は良くやった、と言ったのだが」
「しかし。私は――」
「――何も言わなくていい。問いはしない。
お前が《誰を》思ってしたことなのかは容易に想像がつく。それで十分だ」
レオン様がどこか楽しげに、我が主人に問う。
「シン。セバスが何故したか。理由は聞かなくてもいいの」
「ええ。言えるような事なら、セバスはすでに私に告げているでしょう」
「そう。じゃあ《良くやった》って言うのは?」
「秘録をチヒロ様だけでなくエリサにも聞かせました。良い判断でしょう」
「それか。確かにチヒロは秘録のことを一人で胸に抱え込まなくて良いからね」
「はい」
「……ふうん。《王家の盾》の秘録をチヒロ達に教えたことは良いんだ」
「《王家の盾》の秘録の内容は、他者が全く知らないものではありません。
300年前のことなど、他の貴族の家にも独自の記録があるはずです。
それに《秘録》とは言いますが、我らは特に秘している訳でもありません。
誰からも問われないので答えていないだけです」
「ふふ。知らないものを聞くことなんてないものね。
けれど、セバスの判断で勝手に話したことは?いいの?」
我が主人はひとつ息を吐いた。
「殿下。ご存じでしょう。
目の前の好機を逃す者は、我が屋敷には一人もおりません。
皆、主である私の許可など二の次です」
「ああ、そうだった」
レオン様は小さくふきだした。
「シンの所には何故か変わったのが集まるからね」
「……楽しそうですね、殿下」
「そうかな」
「そうでしょう」
15年前。
近衛隊長の職を辞し、私はレオン様の教育係となった。
ご即位から第3王子殿下のレオン様が誕生されるに至るまで。
長くお仕えした国王陛下のもとを去ってでも私は、独り南の宮に入られた
レオン様をお守りすることにしたのだ。
しかし私は間違え――レオン様のお心までは守れなかった。
私が守りきれなかったレオン様を救ったのは我が主人だ。
5年前の、東の季節。
我が主人は王宮に上がったその日に、一瞬でレオン様を救った。
それは見事に。鮮やかに。
私は膝を折って臣下の礼をとる。
――「私セバスは盾となり、生涯あなたを守るとここに誓います。
我が生命が尽きるまで、あなたと共にあることをお許しください」――
半ば強引に、この方に忠誠を誓った日を鮮やかに思い出す。
西の季節には珍しく肌寒い日。日差しだけが暖かかった。
対面した騎士服の青さ。いただいた言葉。声。
肩に乗せられた剣の重さ。
風が運んできた乾いた草の匂いまで覚えている。
年若いこの方に跪いた私を「老いて気がおかしくなったのか」と嗤った者達よ。
今一度、いや何度でも言ってやろう。
この方は、私の生涯で唯一無二の《我が主人》なのだと。
今、この時。この方と共にあることが
この方の盾であることが私の、どれほどの名誉で、幸せであるのか。
お前たちに伝わるだろうか―――――
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