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997年目

26 光 ※セバス

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 ※※※ セバス ※※※



「今日は『空の子』様について知っていただきたいことがございます」

私が頭を下げると机についていたチヒロ様は首を傾げた。
その足元にはジル殿が伏せている。
後ろに控えるエルサの目が丸くなっていた。

「『空の子』について?
でもレオンは『空の子』の記録を見る許可を取るのが難しいからって、まだ…」

「王家が管理する記録ではありません。
我が主人の家に伝わる『空の子』様と王家に関する秘録のお話です」

「シンの家の秘録?それ、私が聞いていいの?」

「はい、勿論です」

王家が管理する『空の子』様の記録の閲覧許可は王子ならば簡単に取れる。

そして今から私が秘録をお伝えすることは、我が主人に了解を取っていない。

しかし、それらは言わずにおく。

この方には知っていただかなければならないのだ。

『空の子』であるご自分が空へ戻ることが、どんな悲劇を生むのかを。

小さな少女だ。何の責もない。身勝手を押し付ける申し訳なさに身がすくむ。
しかし運命はこの方にかかっている。

―――先程の、レオン様が初めて見せた心からの笑い顔を思い出す。

銀狼は『空の子』と並んで最も有名な物語の題材だ。
冒険譚で少年向けの物語ではあるが、それでもこの国の――いや。
この世界の者なら幼子でも知っている。

その銀狼を知らず、馬ほど大きなジル殿の姿を見ても大きな犬だと思い込んだ。
この小さな少女の発言が、ただ可笑しかっただけのことなのかもしれない。

しかし《何か》がレオン様の心に届いたのだ。

……この方なら、なれるかもしれない。いや。

どんなお叱りを受けようとも私は
この方にレオン様の光になっていただきたいのだ―――

私は息を整えた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


―――まず、『空』についてです。


『空』は人々の崇拝の対象ですが、神とは少し解釈が異なります。

この国では現在、昔は《国教》であった『空』を神とする古来からの信仰と『空』ではないものを神とする他国由来の信仰。さまざまな信仰があります。

しかし『空』は大なり小なり皆が共通して『偉大なる守護者』と敬う存在です。

遠い昔。

人々が皆『空』を心から崇拝していた頃。
『空の子』様は時を選ばず何人も現れたといいます。

それがいつしか、人々の心が『空』から遠くなったからでしょうか。

『空の子』様が現れることは稀になり、ついには
《100年に一度の儀式で祈りが届けば現れる》
ということになりました。


―――そして今から300年前です。


チヒロ様の前の『空の子』様が、時の王女の祈りを受けやってこられました。

そこでとんでもないことが起こります。

時の王は『空の子』様を敬うどころか蔑ろにしました。

そんな王に『空』は怒り、『空の子』様を空へと戻されたのです。

そして王は消えました。

『空の子』様は大勢の人の目前で空へと《戻された》と記録にあります。

一方、王は――愚王は《消えた》、と記録されているだけです。

愚王が消えたのは『空』の罰だ、と解釈も出来ますが。
実際はわかりません。……人の手にかかったのかもしれない。
そちらの可能性の方が高いでしょう。

ともかくその後、年若い時の王太子が新国王になりましたが。
新国王の政は難航します。

愚王が『空』の怒りをかい『空の子』様を失ったことで、王家は臣下を含む国民からの信頼も失ってしまったのですから―――。

消えた愚王を大罪人と貶め、記録に名を刻まず墓も造らずにいたところで。
新国王がどれほど詫びたところで。
王家が一度失った信頼は、簡単に取り戻せるものではありません。

王家は罪の代償に『空』を神と崇める《当時の国教》の頂点・神殿から脱退し、独自に『空』を敬い続けることにしました。

――《王家は常に『空』と共に》――

『空の子』様を降ろされた王女様を巫女姫とし
愚王を生み、愚王の悪行を止めることができなかった罪を謝罪し
王家は二度と愚かな真似はしないと『空』に誓ったのです。

それでも――離反していく臣下や非難の目を向けてくる国民。

国が荒れたのは当然のことでしょう。

しかし王家は何としても《王家》として君臨し、国を維持せねばなりません。

万一、王家が滅びれば、次の王をめぐる争乱が必ずおきます。
そうなれば国が荒れるどころでは済みません。
他国に攻め入られ、国が滅びる可能性もあるのですから。


国を平和に維持するために
王家は自らを《守る》と同時に《戒める》存在を作りました。


それこそが代々王家に忠誠を誓う、我が主人の一族《王家の盾》。


現在では単に《当主が代々王家に忠誠を誓う、忠義ある家》と思われていますが違います。

《王家の盾》は王家直属の、いわばもうひとつの近衛隊のような存在です。

王家直属だから、国の騎士団や近衛隊などとは違い、どこにも属さない。
当主が騎士として近衛隊に所属している以外、表には出ていない。

ですが実は、一族全員が王家に忠誠を誓い、様々な武術に長けている。

その技で、王家を危険から守る。
また一方で、王家が再び《愚王》の様に国を危険に晒そうとするのであれば王家を戒める存在。


それが《王家の盾》の一族の、真の姿です。


そして当主が代々、必ず受け継ぐ名前は『シン・ソーマ』。


王家が犯した罪を二度と忘れることがないようにと名乗る

愚王に蔑ろにされ、『空』に戻された『空の子』様のお名前です。


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