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997年目
10 南の宮 ※レオン
しおりを挟む※※※ レオン ※※※
王宮は大まかにいえば政務や公式行事を行う広大な《中央》と、王族の住む《宮殿》に分かれている。
《宮殿》には東、西、南、北にそれぞれ独立した四つの宮があり、長い渡り廊下で全ての宮が繋がっている。
空から見れば四角形に見えるだろう。
一番大きいのが国王の暮らす北の宮。
その左右に王太子殿下の東の宮。第2王子の西の宮。
そして第3王子である僕がいる南の宮だ。
王家は現在、その四宮のみに暮らしている。
《宮殿》には他にも宮はあるが、現在は使用されていない。
王家の人数が少ないからだ。
そんな中、現れた『空の子』は王家にとって僥倖だ。
『空の子』は王家と共にあり。
それだけで、どれほど王家の威信となるか。
―――君は想像もしないんだろうね。
僕はチヒロを見る。
『空の子』特有の艶やかな漆黒の髪・漆黒の瞳。
白い肌。たおやかな身体。幼いながら人であるのかを疑うほど美しいその容姿。
さすが『空の子』と、いったところだろうか。
謁見では、その容姿と堂々とした態度で皆の視線を釘付けにしていた少女。
その少女は今、テーブルをはさんで僕の向かいに座り頬を膨らませている。
謁見を終え、ここ――南の宮の接待室へ帰ってきてから、ずっとこうだ。
「欲しいものは?」と聞いただけなんだけどな。
「王宮を自由に見てまわる権利」
「却下」
「この南の宮の中だけならいい?」
「却下。客が大勢来るだろうからね」
「……庭に出る権利は?」
―――なんでわからないかな。
「却下。客が大勢来ると言っただろう?……多分、いろんな客がね。
そいつらに、わずかでも君の姿を見せたくない」
チヒロはますます頬を膨らませる。
僕は「君は『空の子』なんだよ」と、もう何回目かわからなくなった言葉を口にすることになる。
「いずれ落ち着いたら許してあげるよ。でもしばらくは部屋で大人しくしてて。
何か欲しいなら準備させるよ。
ドレスでも、装飾品でも、お菓子でも、玩具でも、何でもね」
「……馬鹿にしてる?」
「まさか。『空の子』殿にそんなことするわけないよ」
お茶を飲みながらゆっくり答える。
チヒロはそんな僕をしばらく睨んで……ため息をついた。
やっと諦めたようだ。
「では男の子の服を。ドレスは動きにくいからいらない」
「許可」
いいね。
万一だが、姿を見咎められたとしても男装なら誰もが『空の子』本人かどうか疑うだろう。
褒美があげたくなるくらいの発想だ。
しかし
「ついでに邪魔だから髪が切りたい。殿下と同じくらいにしたい」
侍女達がひっと息をのんだ。
……どこからそのおかしな発想がくるの。
「じゃあ身の回りを世話する侍女はいらないな。君の為にすでに来てもらっているけど解雇しようか」
「……ワカリマシタ。コノママデイイデス」
「あとは?」
「歴代の『空の子』たちについて書かれた記録を。まさか絵本しかないとは言わないよね?」
「へえ。興味あるの?」
「当然でしょ?同じ境遇だもの」
「なるほどね」
「他には本が欲しい。この国について知りたいから。
あ、でもいきなり専門書ではなくて、まずは簡単なものからで」
チヒロはふふん、と得意そうに胸を張った。
「許可、でしょ?この国で生きるなら知識は必要だよね?」
ふふ。そうだね。
この国で生きるなら、ね
「ついでに植物図鑑を追加しようか?」
「ーーっいいのっ?!」
「ご褒美だよ。君は植物に興味津々だったからね」
――「《シャシン》に撮りたい」「《スマホ》さえあればなあ」――
僕はチヒロが呟いた言葉を思い出す。
チヒロは両手を上げて大喜びしている。椅子から落ちそうな勢いだ。
よくここまで表情がくるくる変わるものだ。
『空の子』は王家にとって僥倖だ。
しかし《僥倖》と《奇禍》は紙一重。
この、何もかもが想定外の『空の子』はどっちだろうね?
王女ではなく、王子のところへ降りてきた
高い知識もない
男の子でもない
伝説と何ひとつ被らない『空の子』。
これは何を意味している?
さあ。
これから、どうなるかな?
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