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997年目
06 謁見 ※レオン
しおりを挟む※※※ レオン ※※※
「私は、この国のお役に立つような特別な知識を持ってはおりません」
堂々とチヒロは言った。
周りからは驚きと戸惑いの声が上がる。
ざわめきが少し落ち着くのを待ってチヒロは続けた。
「……確かに、私の知識は皆様とは多少違うでしょう。
しかし今までの『空の子』が伝えたような特別に、何かに秀でた高い知識は無いのです」
「高い知識がない?」
「はい、全く」
期待の大きかった周りの空気は一変したが、チヒロはきっぱり言い切った。
大した胆力だ。どう見ても僕より年下の、小さな女の子なのに。
自分を囲む、この国の主要な貴族のことなど気にも留めていないかのようだ。
その目はただ国王だけを見ている。
国王が辺りを一瞥し、代表者として言った。
「失礼をお許しください。……しかし、今までの『空の子』殿は皆、何かしらの知識でこの国を豊かにしてくださったという。
貴女にだけ無い、というのは……。さて、どういうことなのか……」
チヒロはにっこり笑って言う。
「『空の子』の知識が必要ないほど、この国が豊かになった、ということではないでしょうか?」
僕は苦笑した。
―――よく言う
シャシン、スマホ、デンキ……。
まだほんの短い時間しかチヒロと一緒にはいない。
だがそのわずかな時間の中で、チヒロが口にして僕が理解できなかった言葉がどれだけあったか。
そして祭壇に現れたチヒロがまとっていた布。
この世界に存在する物ではない。
王宮の衣装係やお針子達ですら、あの布が何から作られ、どう織られているのか誰も分からなかった。
―――僕は確信している。
《チヒロはここより遥かに発展した空の住人であったのだ》と。
だが桁違いに進んでいる世界にいたからこそ、この国で再現できるような知識はないのだろう。
「なるほど。現在の我が国はもう『空の子』殿の知識に頼る必要はない。
それが偉大なる『空』の判断である、と。そう言われるのですか」
国王がそういえば周囲は静かになった。
チヒロは続ける。
「私の知識はせいぜいが日々、暮らす知恵くらいのものです。
価値のある者ではありません。……どうぞ、捨て置いてくださいませ」
―――は?
驚いた。
国王に謁見したのだ。
しかも何か落ち度があるならともかく、チヒロの態度は完璧だ。
これでは、たとえチヒロが《ただの子ども》だったとしても粗雑には扱えない。
人道的に、というより国王の沽券にかかわることだ。
自分は粗雑には扱われない。そうわかっていて、わざと言ったんだろう。
《捨て置け》と。それはわかる。しかし。
つまり。
価値のある者ではないが保護はしてくれと言っている?『空の子』が?
会いた口が塞がらないとはこのことだった。
見れば国王も、信じられないものを見るような顔をチヒロに向けている。
国王はそのまま顎に手をやると暫く何か考えるような素振りをし、チラリと僕を一瞬だけ見た。
しかしすぐにチヒロに視線を戻し、そして柔らかく微笑み言った。
「《王家は常に『空』と共に》。それが我が王家の教えです。
『空の子』殿。……チヒロ殿、でしたか。知識の有無など気にされなくとも良い。
歓迎いたしましょう。どうぞ、いつまでも王宮でお過ごしください」
チヒロは何故か一旦固まったが、すぐに綺麗にお辞儀をしてみせた。
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきます」
国王がチヒロの世話役は僕。よって住む場所も僕の南の宮と正式に宣言する。
チヒロはこちらへ向きなおると、小さくお辞儀をして言った。
「では第3王子殿下。
しばらくお世話をおかけしますが、どうぞよろしくお願い致します」
―――この顔。
やり切った、といわんばかりの微笑みが小憎らしい。
おまけに、《しばらく》?
無意識か。あるいは……。
僕は微笑み返した。
「――レオン、と」
「はい?」
「第3王子ではなく、私のことはどうかレオンとお呼びください、チヒロ殿」
「ーーっ」
周りはどよめき、チヒロの顔が引き攣った。
ふうん。王子を名で呼ぶ意味はわかるのか。
《知らない》のは自分に関することだけかな。
「殿下、それは――」
「――レオンです。チヒロ殿」
その手を取ってもう一度言う。
チヒロはぐっと詰まった。
どうする?
僕は引かない。いや、引けないよ?
どうやら君は何も知らないようだ。
自分が何者であるのかを。
この国にとって『空の子』がどういう存在かも。
自分の容姿が他人の目にどう映っているのかさえ。
ほら、周りを見て。
貴族たちの好色の浮かぶ顔を見て。
君が王家の庇護を離れたなら、手に入れようと考えている者がどれほど多いか。
困るんだよ。君は誰にも渡せないんだ。
わかってくれないかな。
さすがに僕も、これ以上の混乱はごめんなんだよ。
少しの沈黙の後、チヒロは諦めたように呟いた。
「……レオン様」と。
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