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997年目
01 はじまり ※チヒロ
しおりを挟む※※※ チヒロ ※※※
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
この国には『空の子』様がやってきます。
100年に一度、王宮の森に現れる不思議な祭壇で、
時の王女様が祈りを捧げます。
その祈りが『空』に届いた時、祭壇に『空の子』様が現れるのです。
『空の子』様はひとめでわかります。
この世界の人間にはない、
黒い髪と瞳を持った男の子だからです。
そして、高い知識を持っています。
農耕・酪農・治水
鍛治・窯造・酒造
医療・学問・印刷
建築・商法・造船など
何人もの『空の子』様がその知識で、この国を豊かにしてくれました。
――『空の子』様はこの国にとって、とても大切な、特別な方なのです――
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
絵本を読み終えると、私は感心した。
なるほど。
「読んで下さい」と、この絵本を渡された理由がよくわかった。
―――ほんの少し前のことだ。
気がついたら私はどこかの森の中の、大きな石の上にいた。
そして私の髪は黒い。
そう。《そこ》は絵本のとおり。これは……つまり。
「……えっと。つまり。
私が、この絵本に描かれている『空の子』だって言いたいのかな?」
「はい!実に数百年ぶりの『空の子』様でいらっしゃいます!」
横にいた女の子から元気な声が返ってきた。
女の子をそっと見る。
17、8歳くらいかな。
オレンジ色の髪、緑の瞳の可愛らしい顔立ちを見て予想する。
着ている青色の服は制服みたいだ。同じ服を着た人を何人も見た。
そして腰には剣――。
―――中世の騎士さんかな?
そういえばこの部屋も、中世のどこかの国の宮殿、といった感じだ。
広い部屋。
高い天井にはシャンデリア。壁は一面薄い黄色で繊細な金色の模様入り。
大きなドア。重厚なクリーム色のカーテンがかかる窓は格子入りだ。
そして豪華なテーブルに数脚の椅子―――。
今、私はその椅子のひとつに座っていて。
騎士の格好をした女の子は私の横に立っているわけなんだけど………。
ねえ女優さんなの?
映画を撮ってるの?
何て映画?
カメラはどこ?
って聞きたい。
《私の知っている日常》と違うのが、この目の前の景色だけならば。
………………うーん。
絵本はテーブルの上に置いたままにして、ひとまず椅子から降りることにする。
この椅子、座り心地は悪くないんだけど座面が高い。
足が宙にぶらぶら浮いていて落ち着かないのだ。
さてと。
すうっと息を吸い込んで。
「どっこいしょっと」
いつものように気合を入れ、身体を動かした。
すとん、と足が床について。
おおーー!
軽々とできた自分に驚く。
頬にかかった長い髪を耳にかけて、服を軽くはたいて整える。
借してもらったシャツは大きい。長い袖は折ったし、裾は膝まである。
服を整えた手を見れば
シミひとつない白く柔らかな手のひらと、細い指。
………小さな………手……………
その手でゆっくり顔を覆うと、私は目を閉じた。
――― くうううぅー
なんなのこれ。本当に。いったい何がどうなってるの?
いやいや、ちょっと待って。一旦落ち着こう!
状況が状況なだけに、またパニックになりそう。だめだ、しっかりして私。
落ち着いて!
いろいろ疑問が、というより疑問だらけで叫びたくなる。
けど、ぐっと我慢だ。叫んでも解決にならない。
疑問はひとつずつ解くのだ。そう、わかりそうな事から。
気持ちを落ち着かせるために一度大きく深呼吸する。
そして顔を上げた。
では。
さっきまで部屋の中は賑やかだった。大騒ぎだったと言った方がいいかな。
けど今は、この女の子と私だけ。ならまずはこの子に話を聞こう。定石だよね。
女の子に顔を向ける。とたんに女の子の顔に戸惑いが浮かぶ。
……あれ?なんだか私、怖がられてる?
私は大丈夫、何もしないよ、というようにゆっくり微笑むと丁寧に声をかけた。
「あなたお名前は?」
女の子は姿勢を正した。
「エリサと申します」
「エリサちゃんね」
「いえ!あの!どうか呼び捨てに!……その、いつもそう呼ばれておりますので」
おお!嬉しい、フレンドリーな子だ。
「そうなの?じゃあエリサって呼ばせてもらうね。
えーっと初めましてエリサ。私はチヒロ。チヒロって呼んでね」
エリサはなんだか焦っているようだったが気にせず、私はテーブルに置いたままにしていた絵本を取ってエリサに向けた。
「で、エリサ。この絵本に書かれてる『空の子』が私だって言う話なんだけど」
「はいっ!」
「でも『空の子』は男の子なんでしょう?私は、……その。『女の子』だよね?」
私は首を傾げた。
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