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 会食が終わってホテルに着いたのは二十二時過ぎていた。
『今ホテル着いた』
 向こうが定時で終わってから無事かどうか確認のメッセージが何通もきていたので八尋にメッセージを送る。
 溜息を吐いてジャケットを脱ぐ。
「火事、ねぇ」
 一応ホテルは変えたので問題ないだろう。ただ今回で三度目となるとただの偶然とも言い辛い。八尋の言うタイムリープには半信半疑だが泣いて訴えられると信じてやらねばという気になってしまう。
 今日の仕事についてパソコンでまとめ終え、風呂に入ることにした。
 髪を乾かし持ってきたTシャツとズボンを履いたところで、廊下が騒がしいことに気付いた。
「なんだ…?」
 ドアを開けると煙が充満していた。
「はぁ?」
 火事は別のホテルじゃないのか。というか警報も鳴っていなかったんじゃないか。舌打ちをして急いで荷物をまとめる。元々鞄にまとめていたのでスーツを着ればすぐに逃げられる。廊下に出ると思ったより火の回りが早く、口を押さえながら非常階段を目指すが煙でどちらに行けばいいかわからなくなっていた。
「くそっ…」
 目が痛い。涙で更に視界が滲む。火の手が近寄ってきたのか熱い。なんとか壁伝いに非常階段まで辿りついたところで先にドアが開いた。
「清さん!」
 びしょ濡れになった八尋が俺の手を掴んだ。
「お前、なんでこんな所に…」
「いいから早く!」
 八尋は俺を背負うと急いで階段を降りて行った。下の階が火元らしく降りて行く程熱気がすごい。
「清さん、顔上げないでくださいね」
 そう言われて彼の肩に顔を埋める。
 外に辿り着くと消防隊や従業員達が大丈夫ですかと駆け寄ってきた。どうやら周囲の反対を振り切って水を被って中に入ったらしい。
 俺を下ろすと八尋がその場にばたりと倒れ込んだ。
「八尋! 大丈夫か?!」
 慌てて覗き込むと所々煤に汚れた顔で彼は笑った。
「清さんが無事でよかったー…」
「馬鹿っ」
 意識は問題なくほっとした。念の為病院へと二人とも救急車で運ばれ、医者に診てもらい問題なしと診断された。
「ホテルを変えれば問題ないかと思ったのに…」
 飲み物を買い待合室にいる八尋に渡して言った。
「俺もそう思ったんですけど、なんか嫌な予感がして…」
「…来てくれて助かった。でもお前まで巻き込まれたらどうすんだ」
「清さんが助かるなら俺はどうなってもいい」
 真剣な顔で言い切る彼にどきりとした。
「ば、馬鹿なこと言うな」
「守れてよかったです」
 そっと彼の手が頬に伸びてきた。柄にもなくどきどきと心臓が跳ねる。近寄る彼の顔に俺は大人しく目を閉じた。


 二人で別のホテルに泊まり、翌朝睦さんに電話をした。
『火事?! 災難だったなぁ。無事でよかった。ゆっくり帰ってきていいぞ』
 さすがに煤で汚れた八尋に朝一で帰って仕事に行けとは言えず、風邪で休むと電話するよう指示をした。少しして八尋も電話を終えるとホテルを出る準備をする。
「今回は仕方ねぇ。せっかくだからうまい物でも食ってから帰るか」
「いいんですか?!」
 あぁと頷くと嬉しそうに顔を洗いに行った。
「その前に服を何とかしねぇと」



 昨夜はホテルに着くと疲れと安心したせいかすぐに寝てしまった。
 だが今日は短時間とはいえ貴重な二人の時間だ。スーツを購入してからネットで検索して、ちょっとお高いお店に入った。
「俺が出すから好きな物食え」
「えっそんな悪いですよ」
「昨日のお礼だ」
 それでもまごついてると彼は溜息を吐いて勝手にウェイターを呼んだ。
「遠慮すんな」
 そう言われたので厚意に甘えてネットでおすすめされていた料理を選んだ。彼も同じ物を注文した。
 料理は評判通りおいしかった。清さんも満足気な顔で店を出る。時計を見て、そろそろ帰るかと駅へ向かった。
「清さん、関係あるかわからないんですけど」
 俺は火災で亡くなったときのご両親との会話のことを話した。清さんの運命を変える人が現れれば彼の死を回避できるかもしれない、と。
「占い、ねぇ…」
 信じられないという感じで彼は呟く。
「俺がこういう体験してるっていうのがまさにそういうことなんじゃないかなって思うんですけど、」
 実際には死んでしまっているのでまた違うのかもしれないが。
「まぁ三度目だ。しかも今回のことで場所を変えても意味がないっていうのはわかった。よっぽど俺を殺したいみてぇだな」
 ずきりと胸が痛む。どうして彼がこんな目に遭わなければならないんだろう。死んだときの記憶は本人にはないとは言え、酷すぎる。
「しかし何で今になって?」
 彼の言葉にはっとした。
「清さん誕生日いつでした?」
「三月二十日」
「その人が言ってた長生きできないって、今がリミットとか?」
「寿命が三十四歳だってことか?」
「本当ならあの最初の事故で亡くなってたはずが、俺が阻止したからこうなってるとか…」
「…それなら、お前が“運命の人”だって訳だ」
 どきりとする。俺が誕生日までに彼の運命を変えることができたなら。彼は無事生きられるのだろうか。
「運命を変えるって、このまま回避し続ければいいってことか…?」
「そう、なんですかね…? でももうあんな思いしたくないんですけど…」
「まぁ俺も何回も死ぬなんてごめんだなぁ」
 このことがなければ彼に告白なんて行動に移せなかったかもしれない。そういう意味では付き合えたのだから運命は変わったと言える気がする。
「清さん、俺と一緒に住みませんか?」
「はぁ?」
「最初は全く突然でしたけど、二回目は二週間くらい、その次は一ヶ月程でした。俺と付き合ってちょっとだけ期間が空いた気がするんです。付き合ったことでって訳じゃないかもしれないけど…」
 肘置きに置かれている彼の手を取る。
「──いや、そんなのも言い訳かも。ただずっと清さんと一緒にいたいんです」
 彼の手がぴくりと動いた。
「最近忙しくてデートとかも全然できてなかったし」
「まぁ…復帰してからはプライベートで会ってなかったな」
 はい、と俺は頷く。忙しくても家に帰れば清さんがいると思えば頑張れると思う。週末も天気が良ければ出掛けて、雨の日は家でのんびり映画を観たりするのもいいし。一緒にいれば万一何かあっても対処できるだろう。
「…だめですか?」
「まだ付き合ったばかりだろ」
「でも清さんのご両親に紹介してもらったし」
「それは…」
 はぁ、と彼は溜息を吐いた。
「すぐ引越しだなんだは現実的じゃないだろう。とりあえず一週間だ。泊まりに来ればいい」
「あ、ありがとうございます!」
 言ってみるもんだなと思った。
「今週の土曜準備して行きます!」
「あぁ」
 これで解決という訳ではきっとないだろうが、何が切っ掛けになるかもわからないのだ。可能性を一つずつ試していくしかない。まずは第一歩だと彼の手をぎゅっと握った。



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