加藤くんと佐藤くん

春史

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 さっき加藤くんが言ってた通り、俺達は小学校入る前に会ってるんだよ。
 俺のとこは両親が俺が三歳くらいのときに離婚したんだけど、優しかった母親はそれから変わっちゃってね。ネグレクトが始まったんだ。だからその頃はがりがりで身長も平均より小さくて、泣くと怒られるからそのときはいつも無理に笑ってた。その内笑顔でいるようにしてもへらへらすんなって叩かれたりもしたけど。母親は夜仕事に行って朝帰ってくるんだけど、日中は俺が家にいるとうるさいからって暗くなるまで公園とかにいた。ろくにお風呂も入れてなかったから髪もぼさぼさで汚かったし何を言われても笑ってたから気持ち悪いってみんなにいじめられてたんだ。幼稚園とかも通ってなかったから俺はいつも一人だった。
 その日も俺はいじめられてて、そこに加藤くんが来たんだ。いじめちゃだめなんだよってその子達に注意して、汚い僕の手を取って言ってくれたんだよ。
『気持ち悪くないよ、僕は君の笑顔好きだよ。僕と友達になろうよ』
 って。君の言葉が泣きたくなるくらい嬉しかった。その日は一緒に遊んでまたねって加藤くんは手を振って帰って行った。そのすぐ後に俺は父親に引き取られたから、たった一回だけだったけど。父親は再婚してたんだけど父親も再婚相手もすごく優しくて、おいしいご飯いっぱい食べてスポーツクラブに入ったら身長も伸びてあの頃の面影はすっかりなくなってた。小学校の入学式で加藤くんは気付かなかったけど、俺は一目見て君だってわかったよ。あの時はありがとうって言いたかったけど、あの頃の惨めな自分を思い出されるのも嫌で言い出せなくて、でも加藤くんの気を引きたくて、わざと名前を聞き間違えたふりをしたりしてたんだ。でもいつの間にかだんだん話せなくなってしまって遠くから見てることしかできなかった。


「あの日手を差し出してくれた君はきらきら輝いてて、俺には神様に見えた。たった一回きりだったけど、俺は心底救われた。それからずっとずっと加藤くんは大切な存在なんだよ」
 気付けば頬に涙が伝っていた。淡々と語る彼の過去は想像もつかないようなものだった。
「…覚えてなくて、ごめん」
「──加藤くんは優しいね」
 加藤の前に移動した佐藤がそっと手を伸ばし、涙を優しく拭う。
「高校も離れたけど近くの駅だったから通学のときとかときどき見てた。こっそり写真撮ったりして、それを見てるときは加藤くんの存在を身近に感じられたから。それでも諦めようと思ったことはあったよ。大学生になって君に彼女ができて幸せそうだったし、加藤くんと彼女はお似合いだったから。正直に言うと、その頃は俺も女の子と遊んだりしてた。でも心のどこかに絶対君がいるんだ」
 こういう言い方はずるいよね、と佐藤は苦笑する。加藤も少し笑って彼の話の続きを促した。
「俺も就職して加藤くんの行方が完全にわからなくなってたとき、知ったんだよね。俺の母親があんな風になったのは俺の父親と再婚相手の不倫のせいだったって。俺と母親を一方的に捨てた癖に、再婚相手が子供ができないらしいってわかったから俺を拾いに来たんだって。俺がそんな父親に似てたから、母親は俺を嫌がってたんだよ。何も知らずに俺は優しい父親と継母だって喜んでた。俺が高校生くらいのときに弟ができてそっちばっかり可愛がられてたけど、年いってからの子供だし俺は俺で自由にさせてもらってたから、用済みだから何も言われなくなったんだってそのときは気付かなかった」
 馬鹿だよね、と佐藤が笑みを浮かべる。
「そんなことないよ」
「…手を、握ってもいい?」
 加藤は頷いて自分から彼の手を取った。
「──全部が気持ち悪くて誰も信じられなかった。もう死んじゃおうかなって思ってた。そのときにたまたま君の元カノを見かけたんだ。本当に偶然。向こうはもちろん俺のこと知らなかったけど、加藤くんのことを聞けたらと思って友達だって話し掛けたんだ。そしたら就職のタイミングで別れたって知って、どこに就職したのって聞いたんだ。教えてもらってすぐにこっちに来たよ。会社の近くで見てたら加藤くんが歩いてて、俺なんだかすごく安心した。やっと息ができたって感じで、なんだか涙が止まらなかった。やっぱり俺には加藤くんしかいないって思った。もう俺のことなんて忘れてるかもしれないけど、それでもよかった。どうせ死んでもいいと思ってたし、死ぬ気になればなんでもできるって本当だよね。仕事も辞めて貯めてたお金でこっちに引っ越してきたんだ。あの人達は渋ってたけど、全部知ってるって言ったら何も言わなくなった。バイトとかでしばらく食い繋ぐつもりだったんだけど、ちょうど中途採用の求人見て受けたら採用が決まって、まさに運命だと思った。加藤くんに俺のこと好きになってもらえるように必死だった」
 佐藤の手に力が入った。
「お試しでも付き合ってくれるって言ったとき、初めて手を繋いだとき、俺のこと好きって言ってくれたとき、キスしたとき、本当に嬉しかった。生まれてきてよかったって思えた。俺は、加藤くんと一緒にいるために生まれてきたんだって思った」
 加藤の手に雫が落ちた。
「──これで全部だよ」
 涙を流したまま、佐藤は穏やかな笑みを浮かべる。加藤は何か言う前に自然と佐藤を抱き締めた。全てが腑に落ちた。加藤はどこか寂しげに微笑む彼のことを愛おしいと思った。
「話してくれてありがとう」
「加藤くん、俺…ごめん。ごめんね」
「もう謝らなくていいよ」
 ぎゅっと佐藤の手が加藤の背に回される。
「加藤くん、好きだよ。大好きなんだよ。何回言っても足りないくらい、君が…。ずっと傍にいたいよ…」
 加藤はそっと佐藤にキスをした。鼻先が触れ合う距離で目を開けると彼は目を丸くしている。
「俺も、佐藤くんが好きだよ。これからも一緒にいよう?」
「……! うん!」
 佐藤がいつもの太陽のような笑顔になったと同時にぐぅと加藤のお腹が鳴った。
「ご、ごめん…」
「お腹空いたよね」
 くすくすと砂糖が笑う。時計を見ると十九時をゆうに過ぎている。
「ごめんうち何もなくて。何か買いに行く?」
「あ、俺の家にお節とお餅があるよ。一緒にどう?」
「うん、行く!」
 二人で佐藤のアパートを出た。加藤が佐藤の手を取ると、佐藤の大きな手が握り返した。
「暖かいね」
「うん、暖かい」
 手を繋いで加藤のアパートへ歩き出した。



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