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しおりを挟む「くそっ……なんなんだよちくしょう!!」
ヴァルターが死んだ。
意気地のない、とんでもないクズ野郎だったが、その死にざまは見事だった。
どれほどの恐怖と激痛だっただろう。
だが奴は一度も手を止めることなく己の喉を斬り裂いた。上着を手に巻いたのはおそらく他殺に見せるため。ヴァルターが殺されたと聞けば、アデリーナはなんとしてでも犯人を探し出そうと躍起になるだろう。そしていっときの間、ツェツィーリエからは目が逸れる。
その間になんとかしてツェツィーリエを保護し、守ってくれとヴァルターはユリアンに言いたかったのだろうか。血の免罪符まで引き合いに出して……
(クズ野郎のくせに最後だけ頭を働かせやがって!!)
だったら最初からそうしやがれと、心の中で盛大に悪態をつく。
だがヴァルターは一つだけ勘違いをしている。確かに血の免罪符を使えばツェツィーリエが無実の罪をきせられたとしても助けることはできる。だからといって、罪は消えても命が助かるわけじゃない。そんな簡単に見逃すくらいなら、アデリーナだってヴァルターを脅したりはしなかっただろう。
話を聞く限り、“リナ”はユリアンの知っているアデリーナではない。
(とにかく急がなければ)
ユリアンは王都を全速力で駆けた。
姿を見られると面倒だ。なにか余計なことを探られるかもしれない。
そう思ったユリアンは、誰にも見つからないよう詰所の壁を乗り越える。そして目的の扉の前にいた二人の見張りを問答無用で気絶させて中に入った。
「クレーマン!!」
「団長と呼べっていつも言ってんだろうが!!しかもノックもなしにって……なんだお前、誰か殺してきたな……ことと次第によっちゃただじゃおかねえぞ」
クレーマンは死の匂いに敏感だ。長年戦場で培われた嫌な特殊能力とでもいおうか。
「殺したんじゃない!勝手に死んだんだ!」
「誰が」
「ツェツィーリエの夫、ヴァルター・アレンスだ!!組織のパトロンはアデリーナだ。ヴァルターはアデリーナにツェツィーリエを殺すと脅されて自害した!」
ユリアンはヴァルターが自害に至るまでの経緯をクレーマンに説明した。黙って聞いていたクレーマンだったが、表情は徐々に険しくなっていった。
「……お前、ここまでの道で誰かに顔を見られたか?」
「いや……それがなんだ?」
「今すぐ街へ戻れ。そしてなるべく多くの人間に顔を見せておくんだ」
「なんでだよ!?」
「お前が犯人だと周りに思わせるんだ。幸いお前の顔は人の記憶に残りやすい。ヴァルターの検死はヘルマンにやらせ、ツェツィーリエ殿にも夫の死因は殺人だと思わせる」
「なんでそんなことする必要が!?彼女には真実を知る権利がある!」
「彼女が真実を知れば、即座に殺されるぞ」
クレーマンの言葉にユリアンはなにも言い返せなかった。
「なにも知らない悲劇の未亡人でいるうちは、アデリーナ殿下も危険を冒してまで彼女に手は出さないだろう。その間に準備を整えるんだ」
「準備?」
「これから殿下はヴァルター殺しの犯人を血眼になって探すはずだ。そして犯人がお前だと知れば必ず報復に出る。山ほど刺客が来るかもしれんがお前を殺せる奴なんてそうはいない。だからしばらく間しのいでおけ」
「しのぐって……いつまでだよ」
「お前がツェツィーリエ殿と結婚できる一年後までだ。殿下は幸せになるお前らを決して許さないだろう。なりふり構わずあらゆる手を使ってくるはずだ。その時、奴らを一網打尽にする」
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