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しおりを挟む聞こえてくるのはアデリーナの声だけではない。おそらくユリアンとツェツィーリエが初夜を迎えるにあたり、不測の事態が起きても対応できるよう、屋敷の使用人が控えていたのだろう。必死にアデリーナを宥める男女の声も聞こえてきた。しかし王女の行く手を遮るなど、下手をすれば不敬罪で即座に処刑される。ツェツィーリエは一気に血の気が引いた。
『旦那様……!』
見上げると、ユリアンは眉根を寄せて奥歯を噛みしめていた。怒っているのか、堪えているのか判別のつかない表情だ。
『ねえユリアン、なんでこんな早く宴から抜けてしまうの?もう少しくらいいいでしょう?せっかくみなさんが集まってくれたんだから』
初夜の準備に時間のかかる花嫁が披露宴を先に下がり、新郎は一人残って招待客をもてなすのが一般的だ。確かにユリアンの退出は早すぎたのではないかとツェツィーリエも思う。
だからといって新婚夫婦の閨にまで来るとはどういう神経なのか。しかもここは、披露宴の行われている本館とは別に建てられた新婚夫婦のための離れだ。常識的に考えて、たとえ王女であってもおいそれと立ち入っていい場所ではない。
それにユリアンの所在を知りたいのなら、人を使って確認すればいいだけのこと。しかし扉の外の呼びかけは止まらない。
アデリーナは今夜、ユリアンの父ベルクヴァイン公爵が、彼女のためにわざわざ改装させた客室に泊まる予定だ。ということは、これはユリアンが出て行かない限りは収まらないということだろう。
『旦那様、行ってください』
『ツェツィーリエ……しかし!』
『このままでは罪もない使用人が罰せられてしまいます。彼らのためにもどうか……』
本当は嫌だった。火照った身体の熱はしばらく引いてはくれないだろうし、彼がすぐに戻って来るという保証もない。なにより彼がこれから時間を共にする相手がアデリーナだということが嫌だった。
けれど、物わかりのいいふりをしなければ、疎まれるかもしれない。そんな思いがツェツィーリエの本心を覆い隠してしまった。
しばらく迷っていたユリアンだったが、両脇に落ちたツェツィーリエの夜着をかき合わせ、ひとつに溶け合うはずだった身体を再び元のように包んだ。
『すぐに戻ってきます』
彼はそう告げると足早に部屋を出て行った。
くすぶる熱を持て余し、彼の温もりが残る寝台にひとり取り残されたツェツィーリエ。悲しいというよりは、惨めというほうがしっくりくるような気がした。
けれどもしかしたら本当にすぐ戻ってきてくれるかもしれないと、ツェツィーリエはずっとユリアンを待ち続けた。
しかし彼が寝室に戻ってきたのは、今日一日の緊張と、それによる疲労に負けたツェツィーリエが気を失うように眠ってしまったあとのことだった。
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