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 「はーん、やっぱり逃げたか。やっぱりやめときなさい。ここで出張ってこない男なんて、ろくなもんじゃないから」

 やたらと肌艶のいいカーラが弟のオペラグラスを奪い、謎の鉄仮面男を観察しながら言い放った。
 ルクレツィアのためだけに設けられた、名目上は招待された貴族のための観覧席。そこには四人の若い男女が座っていた
 
 「お、お姉さま!あの恐ろしい鉄仮面は誰なのですか!?」

 やたらと姿勢よく座る鉄仮面男を指差すのはアラベッラ。彼女は鉄仮面男から漂う空気が恐ろしすぎて婚約者のジョルジュの袖を握り締めながら怯えている。

 「カリスト殿下じゃないことだけは確かね。防具は禁止されてないから、大方勝手に替え玉が乗り込んできたんでしょう。ちょっとルクレツィア、なんて顔してんの。しっかりしなさいよ」

 昨晩。ジョルジュを除いた女子三人は、とある事情から、王宮内にある賓客用の客室に泊まった。

 「……もういいんです。皆さんを巻き込んでしまって本当にすみませんでした……」

 ルクレツィアは消沈した様子で小さく頭を下げる。

 「なんで謝ってらっしゃるのルクレツィア様!?悪いのは女々しいアンジェロ殿下ですわ!もう、昨夜のことで私アンジェロ殿下推しは撤回です!」


 *


 『アンジェロ殿下、私は……私は、別の人とやり直すなら、相手はカリスト殿下がいいです』

 『なっ……なんで!?ルクレツィア!まだ答えは出さなくていいんだ!明日の僕を見てから決めてくれ!!』

 『……いいえ……お二人のうちどちらかを選ぶのなら、私は……』

 『待って!待ってよ!!どうしてカリスト兄上なのさ!?』

 『カリスト殿下はそのままの私でいいと言ってくださいました。私らしく咲けばいいと。でもアンジェロ殿下は努力が必要だって……努力はもう……たくさんしました……』

 この四年、なにもしてこなかったわけじゃない。外の世界に出て恋を知り、その相手が第二王子だったこともあり、たくさんのことを学ばなければならなかった。加えて麗しい彼を誰にも取られたくなくて、美しさにも磨きをかけようと努力した。けれどルクレツィアの努力など無意味だった。どんなに頑張ったところで結局人は自分以上のものにはなれないし、自分のためにこれだけ努力をした女を男はあっさりと裏切るのだ。
 これからも恋するたびに、愛するたびにひたすら努力をしなければならないのだろうか。あの日々をもう一度繰り返すなんて、今のルクレツィアにはとても考えられなかった。
 けれど、カリストは違った。
 カリストのそばは居心地がいい。彼の生活の中には、ルクレツィアの好きなものがごく自然に溶け込んでいた。
 彼が好きなのはルクレツィアで、ルクレツィアの好きなものが彼も好きで、そんな彼の空間にいる時間はとても穏やかで……そこには無理も我慢も努力もなにもない、ただ彼のルクレツィアに対する愛だけが溢れていた。

 『シルヴィオ様と歩みたかった道を、与え合いたかった愛を、私はカリスト殿下とやり直してみたい。そう思えるだけの愛をカリスト殿下の中に確かに感じたから』

 『駄目だ!!』

 『殿下!!』

 そこに乗り込んできたのはアンジェロの近習ダンテだった。二人のやりとりをどこから聞いていたのか。ダンテは入室するなり駆け寄ってきて、太い腕の筋肉フル稼働でアンジェロをルクレツィアから引っ剥がしにかかった。

 『離せ!!離せダンテ!!僕はまだルクレツィアに話しがあるんだ!!』

 『男は引き際が肝心なのです!!愛する女性の幸せを黙って祝福してやれないようでは男にあらず!!』

 そしてアンジェロとダンテの激しい攻防は、いいものを見てさあ帰ろうとホクホクしながら回廊を歩いていたアラベッラとジョルジュにバッチリと聞こえてしまった。
 仲裁に駆けつけた二人が目にしたのは、腕ひしぎ十字固めをかけられて悶絶するアンジェロと、その横で泣きながら二人を見守るルクレツィア。
 アンジェロが大人しくなるまでかなりの時間を要してしまい、ルクレツィアとアラベッラは客室に泊まることとなってしまった。

 『なんか面白いことになってるじゃない。ルクレツィアがアンジェロ殿下の宮にいるって大騒ぎになってたわよ』

 そんな二人の客室に、湯浴みも済んでお肌ツヤペカのカーラがやってきたのだ。現在シルヴィオは放心し、口も聞けない状態らしい。
 カーラはあのあと起こったことの詳細を二人から聞くなり口を開いた。

 『……なにあんた、結局カリスト殿下にするの!?』

 『はい……なので明日の朝一番にカリスト殿下のところへ行こうかと……』

 ルクレツィアは、もし御前試合をやめてもらえるならそのほうがいいと思っていた。兄弟同士争う理由がなくなったからだ。
 
 『でもいっそこてんぱんにやられた方が、アンジェロ殿下も諦めがつくってもんじゃないの?いいから黙ってやらせてやんなさいよ』 

 『でも……』

 アンジェロは自身の腕にかなりの自信を持っているようだった。万が一カリストに勝つようなことがあれば、諦められなくなってしまうのではないだろうか。
 しかしカーラはこれに不敵な笑みを浮かべた。

 『カリスト殿下は力ずくでもあんたを奪いにくるって言ったんでしょう?なら殿下の覚悟、しっかり見せてもらおうじゃないの!よーし!!明日に備えて寝るわよ』

 『お姉さまもここで寝るの!?』

 『あったりまえじゃない。シルヴィオ殿下のベッドは今びしょびしょのカピカピで、寝れたもんじゃないわよ』

 『びしょびしょのカピカピ……』

 なぜか復唱したアラベッラは、顔を真っ赤にして黙ってしまった。
 そして三人は、両側からえいえいとベッドを押してくっつけたあと、仲良く朝まで眠ったのだった。
 
 
 
 
 




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