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しおりを挟む「正気かオリンド!王子である私に逆らえば、例え兄上の近習といえどただでは済まないぞ!」
「どうやら一度ではご理解いただけなかったようなので再度申し上げますが、これはカリスト王太子殿下のご命令です。私は任務を遂行するためなら例えシルヴィオ殿下といえど剣を向けます。結果自身の首が飛ぼうと関係ありません。私のすべては王太子カリスト殿下のために」
──私のすべては王太子カリスト殿下のために
なんて崇高な愛なのオリンド卿!!
この瞬間、ルクレツィアのオリンドへの苦手意識は遥か彼方へ吹き飛び、彼への評価は爆上がりした。
間違いない。きっとオリンド卿はカリスト殿下を敬愛だけじゃなく、心から愛しているんだわ!
本当はルクレツィアを守るなんて嫌だろうに、健気に愛する人の命令を守って命まで懸けようとしているのだ。
オリンドが男色家でないことを知らないルクレツィアの勘違いは、これ以降急激に加速していくこととなる。
オリンド卿の命をこんなことで捨てさせるわけにはいかないわ!
ルクレツィアは覚悟を決め、オリンドの横に並んだ。
「ルクレツィア!さあ、こっちへおいで」
シルヴィオは両手を広げたが、その場から動かないルクレツィアを見て怪訝そうな顔をした。
「シルヴィオ殿下。先日私に贈ってくださったドレスはいったいどなたのものですか?」
シルヴィオは目を見開いた。まさかバレていないとでも思っていたのだろうか。
「ルクレツィア、それについては部屋でゆっくり説明するから……!」
「……シルヴィオ様。ルクレツィアはどうやら王子様の夢から醒めたようです。これまでシルヴィオ様に自分の理想を押しつけるような真似をしてしまい、心から申し訳なく思っております。ですので、シルヴィオ様との婚約は解消させていただく方向で考えております」
シルヴィオだけではない。隣で聞いているオリンドも驚いた顔でこちらを見ていた。
「ルクレツィア!私は君の理想の王子様になれたことを嬉しく思うことはあっても、迷惑だと感じたことはないよ。それに……こんなことはいいたくないが、私と婚約を解消したとなれば君は……」
「それも承知しております。シルヴィオ様と婚約を解消したとなれば、この先新しく良家のご子息と縁を結ぶことは難しいでしょう。ですが、幸いにも名乗り出てくださった方がおられます」
ぐっ、とシルヴィオが息を呑んだのが聞こえた。
「……カリスト殿下とアンジェロ殿下が、こんな私を望んでくださいました。お二人ともとても素晴らしく、私には過ぎた方です」
隣のオリンドがフフンと得意気に鼻を鳴らす。どうやら主を褒められたことが嬉しいようだ。
「ルクレツィア!アンジェロはともかくとして、カリスト兄上を選べば王太子妃だよ?そんな重責、苦労知らずの君には背負いきれないよ。今ならなにも聞かなかったことにしてあげるから、私のところへ戻っておいで」
暗に無能だと言われているようで、ルクレツィアはカッと頭に血が上った。
「カリスト殿下は王太子妃も王子妃も、大変さは変わらないと申されました!」
「本気で言ってるのかルクレツィア?そんな訳ないだろう。王太子妃は後の王妃。エルドラの女性の頂点に立つ存在だ。ずっと大切に守られてきた君に務まるはずないのは、君自身が一番よくわかっているのではないか?」
わかってる。ただただ幸せな日々を生きてきた自分がいかに世間知らずで無能かなんて。だからこそこんな男に騙されて、挙げ句いいように利用されるところだったのだ。
けれど今は、そんな自分を変えたいと、変わりたいと思っている。
気持ちとともに熱いものが眦にせり上がる。言い返してやりたくても喉が震えて声が出ない。
「しっかりと顔をお上げなさい。あんなぼんくらになにを言われようと毅然としていればいい」
シルヴィオたちには聞こえないほどの小さな声を出したのは、横にいたオリンドだった。
「オリンド卿……?」
「我が主は、できもしない荷を愛する者に背負わせるほど無能ではありません。まだ納得はいかないし腹立たしいが、あなたは我が君に選ばれたのです。もっと胸をお張りなさい」
文中に若干おかしな言葉が聞こえたが、どうやら励ましてくれたようだ。
──人は髪型じゃないわね
ルクレツィアは大きく息を吸った。
「シルヴィオ殿下。私をお望みなら正々堂々お二人の殿下方と競ってくださいませ。私にはそれだけの価値があると示してくだされば、今後気持ちが変わることもあるかもしれません」
「なっ!ルクレツィア!!」
オリンドはシルヴィオの後ろで黙ったままのリエトに声をかけた。
「リエト、これ以上は私も本気でやるぞ」
オリンドが親指で剣を柄の方に向かって僅かに押し出すのを見たリエトは顔を顰めた。
「……シルヴィオ殿下、戻りましょう。これ以上は王太子殿下のお怒りを買います」
「すでに買ってるよぼんくらが」
オリンドが再び小声で呟く。
シルヴィオは納得がいかない顔をしていたが、やはり王太子の怒りを買うのはごめんなのだろう。
ルクレツィアはまたひとつ彼の情けない姿を見たような気がした。
「ルクレツィア……」
シルヴィオから名前を呼ばれたが、ルクレツィアは黙ったまま頭を下げた。
二人分の足音が遠ざかるまでずっと。
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