上 下
36 / 56

36

しおりを挟む





 「正気かオリンド!王子である私に逆らえば、例え兄上の近習といえどただでは済まないぞ!」

 「どうやら一度ではご理解いただけなかったようなので再度申し上げますが、これはカリスト王太子殿下のご命令です。私は任務を遂行するためなら例えシルヴィオ殿下といえど剣を向けます。結果自身の首が飛ぼうと関係ありません。私のすべては王太子カリスト殿下のために」

 ──私のすべては王太子カリスト殿下のために

 なんて崇高な愛なのオリンド卿!!
 この瞬間、ルクレツィアのオリンドへの苦手意識は遥か彼方へ吹き飛び、彼への評価は爆上がりした。
 間違いない。きっとオリンド卿はカリスト殿下を敬愛だけじゃなく、心から愛しているんだわ!
 本当はルクレツィアを守るなんて嫌だろうに、健気に愛する人の命令を守って命まで懸けようとしているのだ。
 オリンドが男色家でないことを知らないルクレツィアの勘違いは、これ以降急激に加速していくこととなる。
 
 オリンド卿の命をこんなことで捨てさせるわけにはいかないわ!
 ルクレツィアは覚悟を決め、オリンドの横に並んだ。

 「ルクレツィア!さあ、こっちへおいで」

 シルヴィオは両手を広げたが、その場から動かないルクレツィアを見て怪訝そうな顔をした。

 「シルヴィオ殿下。先日私に贈ってくださったドレスはいったいどなたのものですか?」
 
 シルヴィオは目を見開いた。まさかバレていないとでも思っていたのだろうか。

 「ルクレツィア、それについては部屋でゆっくり説明するから……!」

 「……シルヴィオ様。ルクレツィアはどうやら王子様の夢から醒めたようです。これまでシルヴィオ様に自分の理想を押しつけるような真似をしてしまい、心から申し訳なく思っております。ですので、シルヴィオ様との婚約は解消させていただく方向で考えております」

 シルヴィオだけではない。隣で聞いているオリンドも驚いた顔でこちらを見ていた。

 「ルクレツィア!私は君の理想の王子様になれたことを嬉しく思うことはあっても、迷惑だと感じたことはないよ。それに……こんなことはいいたくないが、私と婚約を解消したとなれば君は……」

 「それも承知しております。シルヴィオ様と婚約を解消したとなれば、この先新しく良家のご子息と縁を結ぶことは難しいでしょう。ですが、幸いにも名乗り出てくださった方がおられます」

 ぐっ、とシルヴィオが息を呑んだのが聞こえた。

 「……カリスト殿下とアンジェロ殿下が、こんな私を望んでくださいました。お二人ともとても素晴らしく、私には過ぎた方です」

 隣のオリンドがフフンと得意気に鼻を鳴らす。どうやら主を褒められたことが嬉しいようだ。

 「ルクレツィア!アンジェロはともかくとして、カリスト兄上を選べば王太子妃だよ?そんな重責、苦労知らずの君には背負いきれないよ。今ならなにも聞かなかったことにしてあげるから、私のところへ戻っておいで」

 暗に無能だと言われているようで、ルクレツィアはカッと頭に血が上った。

 「カリスト殿下は王太子妃も王子妃も、大変さは変わらないと申されました!」

 「本気で言ってるのかルクレツィア?そんな訳ないだろう。王太子妃は後の王妃。エルドラの女性の頂点に立つ存在だ。ずっと大切に守られてきた君に務まるはずないのは、君自身が一番よくわかっているのではないか?」

 わかってる。ただただ幸せな日々を生きてきた自分がいかに世間知らずで無能かなんて。だからこそこんな男に騙されて、挙げ句いいように利用されるところだったのだ。
 けれど今は、そんな自分を変えたいと、変わりたいと思っている。
 気持ちとともに熱いものが眦にせり上がる。言い返してやりたくても喉が震えて声が出ない。

 「しっかりと顔をお上げなさい。あんなぼんくらになにを言われようと毅然としていればいい」

 シルヴィオたちには聞こえないほどの小さな声を出したのは、横にいたオリンドだった。

 「オリンド卿……?」

 「我が主は、できもしない荷を愛する者に背負わせるほど無能ではありません。まだ納得はいかないし腹立たしいが、あなたは我が君に選ばれたのです。もっと胸をお張りなさい」

 文中に若干おかしな言葉が聞こえたが、どうやら励ましてくれたようだ。
 
 ──人は髪型じゃないわね

 ルクレツィアは大きく息を吸った。

 「シルヴィオ殿下。私をお望みなら正々堂々お二人の殿下方と競ってくださいませ。私にはそれだけの価値があると示してくだされば、今後気持ちが変わることもあるかもしれません」

 「なっ!ルクレツィア!!」

 オリンドはシルヴィオの後ろで黙ったままのリエトに声をかけた。

 「リエト、これ以上は私も本気でやるぞ」

 オリンドが親指で剣を柄の方に向かって僅かに押し出すのを見たリエトは顔を顰めた。

 「……シルヴィオ殿下、戻りましょう。これ以上は王太子殿下のお怒りを買います」

 「すでに買ってるよぼんくらが」

 オリンドが再び小声で呟く。
 シルヴィオは納得がいかない顔をしていたが、やはり王太子の怒りを買うのはごめんなのだろう。
 ルクレツィアはまたひとつ彼の情けない姿を見たような気がした。

 「ルクレツィア……」

 シルヴィオから名前を呼ばれたが、ルクレツィアは黙ったまま頭を下げた。
 二人分の足音が遠ざかるまでずっと。
 

 



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

腹黒王子は、食べ頃を待っている

月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。

騎士団長の欲望に今日も犯される

シェルビビ
恋愛
 ロレッタは小さい時から前世の記憶がある。元々伯爵令嬢だったが両親が投資話で大失敗し、没落してしまったため今は平民。前世の知識を使ってお金持ちになった結果、一家離散してしまったため前世の知識を使うことをしないと決意した。  就職先は騎士団内の治癒師でいい環境だったが、ルキウスが男に襲われそうになっている時に助けた結果纏わりつかれてうんざりする日々。  ある日、お地蔵様にお願いをした結果ルキウスが全裸に見えてしまった。  しかし、二日目にルキウスが分身して周囲から見えない分身にエッチな事をされる日々が始まった。  無視すればいつかは収まると思っていたが、分身は見えていないと分かると行動が大胆になっていく。  文章を付け足しています。すいません

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

【R18】婚約破棄に失敗したら王子が夜這いにやってきました

ミチル
恋愛
婚約者である第一王子ルイスとの婚約破棄に晴れて失敗してしまったリリー。しばらく王宮で過ごすことになり夜眠っているリリーは、ふと違和感を覚えた。(なにかしら……何かふわふわしてて気持ちいい……) 次第に浮上する意識に、ベッドの中に誰かがいることに気づいて叫ぼうとしたけれど、口を塞がれてしまった。 リリーのベッドに忍び込んでいたのは婚約破棄しそこなったばかりのルイスだった。そしてルイスはとんでもないこと言い出す。『夜這いに来ただけさ』 R15で連載している『婚約破棄の条件は王子付きの騎士で側から離してもらえません』の【R18】番外になります。3~5話くらいで簡潔予定です。

【R18】悪役令嬢を犯して罪を償わせ性奴隷にしたが、それは冤罪でヒロインが黒幕なので犯して改心させることにした。

白濁壺
恋愛
悪役令嬢であるベラロルカの数々の悪行の罪を償わせようとロミリオは単身公爵家にむかう。警備の目を潜り抜け、寝室に入ったロミリオはベラロルカを犯すが……。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

【R18】仏頂面次期公爵様を見つめるのは幼馴染の特権です

べらる@R18アカ
恋愛
※※R18です。さくっとよめます※※7話完結  リサリスティは、家族ぐるみの付き合いがある公爵家の、次期公爵である青年・アルヴァトランに恋をしていた。幼馴染だったが、身分差もあってなかなか思いを伝えられない。そんなある日、夜会で兄と話していると、急にアルヴァトランがやってきて……? あれ? わたくし、お持ち帰りされてます???? ちょっとした勘違いで可愛らしく嫉妬したアルヴァトランが、好きな女の子をトロトロに蕩けさせる話。 ※同名義で他サイトにも掲載しています ※本番行為あるいはそれに準ずるものは(*)マークをつけています

処理中です...