上 下
24 / 56

24

しおりを挟む




 「お嬢様、お目覚めになられましたか?」

 「マグダ。今何時かしら?」

 「十時を少し回ったところですわ。旦那様からは、お嬢様をゆっくり休ませるようにと仰せつかっておりました」

 「そう……あら、これは……もしかして薔薇かしら?素晴らしい香りね」

 「はい。今朝一番に王宮より届きました……その、カリスト王太子殿下からでございます」

 「カリスト殿下から!?」

 見るとテーブルの上にはガルヴァーニ侯爵家に置いてある中でも最大級の花瓶に、真紅の薔薇が数え切れないほど生けられていた。そしてその後ろには、円や楕円、四角い形をした大中小様々な箱の山が。

 「マグダ……あの箱は……なに?」

 「こちらもカリスト殿下からの贈り物でございますわ。ここにあるものはごく一部ですが」

 「ごく一部!?」

 この位置から見えているだけでも部屋の半分は箱の山で埋まっている。これでごく一部とは!?

 「宝石類や靴、その他の小物などはここに運ばせていただいたのですが、部屋に入り切らなかったものは応接室の方に置いてあります。そちらはすべてドレスになります」

 ルクレツィアは着替えを後回しにしてガウンを羽織り、階下にある応接室へと向かった。
 部屋の中にはルクレツィアが余裕で入れるほどの大きさの箱が五つ。
 マグダと他の侍女にも手伝ってもらい、箱を開けていく。

 「……すごいわ……」

 目の前に並んだ五着のドレスは、ルクレツィアも見たことがないほど豪奢なものだった。
 デザインは流行と伝統の両方を押さえてあり、式典や舞踏会、晩餐会にお茶会と、色や形もそれぞれが用途を計算して作られているとしか思えない。
 
 「これは既製品じゃないわね……それにサイズも私に合わせて作られてる。どうして……?」

 「それについてはこれを運んでいらっしゃったカリスト殿下の近習の方から少しその……ご説明というかなんというか……」

 「カリスト殿下の近習……オリンド卿ね……大丈夫よマグダ。教えてちょうだい。オリンド卿の性格と情緒に色々問題があるのは承知しているから」

 オリンド卿とは、長くカリストの近習を務める男性だ。しかし彼はカリスト愛が重すぎる上に、とにかく物言いが辛辣だった。
 個性溢れる三兄弟はその近習までもが個性的。類は友でなく厄介な近習を呼ぶのだ。

 ──あ、でもリエト卿はまともだわ
 
 よりにもよってあんな真面目な青年がシルヴィオの近習とは。選ぶ側でなく、選ばれる立場というのもつらいものだ。
 
 ルクレツィアの許可を得たマグダは、口元を手で覆い隠し、小声でオリンドが残した言葉を復唱した。

 【カリスト殿下は常日頃嘆いておられました。そのふわふわとした頭髪と同じくらい頭の中身の軽い弟君が、しみったれた物しかルクレツィア嬢に贈らないと】

 「しみったれた……そう……そうですか……言わば私はしみったれ令嬢ってことね……」

 「お、お嬢様!まだ続きがございます!それと、このドレスは無駄になるかもしれないとわかっていて、カリスト殿下がルクレツィア様のために作らせていたものだと」

 「どうしてそんな……まあ、でもそうか……」

 カリストは公衆の面前で、ルクレツィアを愛してるとまで言ったのだ。それが本当だとすれば充分有り得る話だ。
 
 ──シルヴィオからの安っぽい贈り物を身に着けて笑うルクレツィアを見ていられなかったのかもしれない

 本当はルクレツィアだってわかってた。
 “これがシルヴィオ様の愛なの”だなんていい子ぶって、贈られる物を黙って身につけていたけれど、本音を言えばもう少しお洒落をして一緒に並びたいと思っていた。
 それにシルヴィオが贈ってくれるドレスよりも、父が与えてくれる物の方が高価なのも知っていた。けれどおねだりなんてできないし、したくなかった。
 そんな思いを抱くルクレツィアをカリストはどこかから見ていたのだろうか。

 「目録と共にお品も拝見いたしましたが、宝石類もそれは素晴らしいものばかりでした……あ、それとこちらを……忘れるところでした!」

 マグダは銀盆サルヴァにのせられた白い封筒をルクレツィアに差し出した。
 差出人の名はカリストだ。
 添えられていたペーパーナイフで封蝋を開けると、封筒と同じ上質な白い紙に神経質そうな美しい文字が綴られていた。

 【アラベッラのドレスの件は気にするな】

 え?これだけ?
 呆気にとられたルクレツィア。しかし何度見てもその一文以外記されていない。
 いや、気にするなって言うならそれは私にじゃない?こんなに大量に贈り物をしてしまったけど気にしないでねって一言あってもいいんじゃない?いや気にするなって、アラベッラ様のことは物凄く気になりますよ。人間だもの。
 会って謝らなきゃと思ってますよ。

 「ル、ルクレツィア様!」

 呆然とするルクレツィアの元に、慌てた様子の執事がやってきた。

 「どうしたの?」

 「ア、アンジェロ殿下の使者の方がいらっしゃいました!!殿下からルクレツィア様への贈り物を持参されたそうです!!」

 「え……」


 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

腹黒王子は、食べ頃を待っている

月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。

騎士団長の欲望に今日も犯される

シェルビビ
恋愛
 ロレッタは小さい時から前世の記憶がある。元々伯爵令嬢だったが両親が投資話で大失敗し、没落してしまったため今は平民。前世の知識を使ってお金持ちになった結果、一家離散してしまったため前世の知識を使うことをしないと決意した。  就職先は騎士団内の治癒師でいい環境だったが、ルキウスが男に襲われそうになっている時に助けた結果纏わりつかれてうんざりする日々。  ある日、お地蔵様にお願いをした結果ルキウスが全裸に見えてしまった。  しかし、二日目にルキウスが分身して周囲から見えない分身にエッチな事をされる日々が始まった。  無視すればいつかは収まると思っていたが、分身は見えていないと分かると行動が大胆になっていく。  文章を付け足しています。すいません

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

【R18】婚約破棄に失敗したら王子が夜這いにやってきました

ミチル
恋愛
婚約者である第一王子ルイスとの婚約破棄に晴れて失敗してしまったリリー。しばらく王宮で過ごすことになり夜眠っているリリーは、ふと違和感を覚えた。(なにかしら……何かふわふわしてて気持ちいい……) 次第に浮上する意識に、ベッドの中に誰かがいることに気づいて叫ぼうとしたけれど、口を塞がれてしまった。 リリーのベッドに忍び込んでいたのは婚約破棄しそこなったばかりのルイスだった。そしてルイスはとんでもないこと言い出す。『夜這いに来ただけさ』 R15で連載している『婚約破棄の条件は王子付きの騎士で側から離してもらえません』の【R18】番外になります。3~5話くらいで簡潔予定です。

【R18】悪役令嬢を犯して罪を償わせ性奴隷にしたが、それは冤罪でヒロインが黒幕なので犯して改心させることにした。

白濁壺
恋愛
悪役令嬢であるベラロルカの数々の悪行の罪を償わせようとロミリオは単身公爵家にむかう。警備の目を潜り抜け、寝室に入ったロミリオはベラロルカを犯すが……。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

【R18】仏頂面次期公爵様を見つめるのは幼馴染の特権です

べらる@R18アカ
恋愛
※※R18です。さくっとよめます※※7話完結  リサリスティは、家族ぐるみの付き合いがある公爵家の、次期公爵である青年・アルヴァトランに恋をしていた。幼馴染だったが、身分差もあってなかなか思いを伝えられない。そんなある日、夜会で兄と話していると、急にアルヴァトランがやってきて……? あれ? わたくし、お持ち帰りされてます???? ちょっとした勘違いで可愛らしく嫉妬したアルヴァトランが、好きな女の子をトロトロに蕩けさせる話。 ※同名義で他サイトにも掲載しています ※本番行為あるいはそれに準ずるものは(*)マークをつけています

処理中です...