上 下
1 / 59

プロローグ

しおりを挟む





 鬱蒼と茂った木々の中で一際太い幹の陰に、少女は震えながら身を隠していた。

 「パティ……アーロン……みんな、どこにいるの……?」

 はぐれてしまった侍女と護衛の名を叫ぶことはできない。
 なぜなら彼ら──魔物に居場所が見つかれば、自分は殺されてしまうから。

 少女の名はリーリア・アルムガルド。

 このアルムガルド王国現国王の末姫だ。
 夏の暑さ厳しい王都を離れ、姉姫たちと避暑地で過ごしていたリーリアは、王都へ戻る帰路の途中だった。
 しかし、抜ければ王都が見えるドニエの森に差し掛かった時、一行は予期せず魔物の襲撃を受けた。そして混乱の中リーリアは、共に行動していた侍女のパティと護衛のアーロンとはぐれてしまったのだ。
 森の中に響く悲鳴と荒れ狂う獣のような咆哮。
 リーリアは恐怖に震えながらなんとかその場を離れ、ここでひとり、息を潜めて迎えが来るのを待っていた。

 しかし、森の中に静寂が訪れてからどれくらいの時間が経っただろう。
 魔物は掃討できたのだろうか。
 皆は無事なのだろうか。
 
 不安で小さな胸が押しつぶされそうだった。 
 けれど待てども待てども捜索隊が迎えにくる事はなかった。

 「……うっ……うっ……!だれか……だれかおねがい……はやくきてぇ……!!」

 こらえ切れず、涙と共に嗚咽が漏れる。
 絞り出すように発した声に、少し離れた場所で何かが反応した。  
 カサカサと草木をかき分けるような音。そして地面に落ちる木の葉を踏むような音が徐々に近付いてくる。
 一瞬、ようやく迎えがきたのかと思ったが、ある疑問がリーリアの頭の中に過った。
 パティとアーロンだけでなく、今回の旅に同行している者は皆リーリアの声を知っている。
 その者たちの耳が先ほどの声を拾ったのなら、小声でもリーリアの名を呼び位置を確認するはずだ。
 それなのに音を立てて近付いてくるその何かは、まるで己の正体を知られたら都合でも悪いのか、一言も発しようとはしない。

 ──まさか、追いかけてきた魔物に聞かれてしまったのだろうか

 リーリアの身体が恐怖で強張る。

 「……リーリア王女殿下?」

 すぐ側で足音が止まると、生い茂った草木を押し分けて、ひとりの青年が顔を出した。
 彼が身につけている衣服にはリーリアも見覚えがある。アルムガルド王国宮廷魔道師団の制服だ。
 青年はリーリアの顔を見て小さく息を吐くと、次に怪我の有無を確認した。

 「ご無事でよかった……リーリア殿下、私は宮廷魔導師団に所属する、ユーイン・オルブライトと申します。王女殿下ご一行が魔物の襲撃にあったとの報告を受け、皆さまを救出するために参りました」

 「パティとアーロンは?ふたりはだいじょうぶ?」

 幼いリーリアが、自身が助かったことに安堵するより先に、侍女と護衛の安否について尋ねたことに驚いたのか、ユーインと名乗った青年は瞠目した。

 「……殿下の侍従はご無事と聞いております」

 いつも行動を共にしているパティとアーロンは、リーリアにとって家族のようなもの。
 二人の無事を聞いたリーリアは、その瞬間身体の力が抜け落ちた。
 しかし崩れ落ちそうになる小さな身体をユーインが咄嗟に腕を回して支えた。
 気づけばいつの間にかリーリアの身体はユーインに抱きかかえられていた。

 「よく頑張りましたね」

 頭の上から降り注ぐ優しい声。
 そしてやわらかく自分を包みこむ温もりに、リーリアの瞳から堰を切ったように涙が溢れ出した。

 今でも忘れることはない、広く温かな胸と、静謐な香り。

 これはリーリアが十歳の時の大切な記憶だ。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

義兄様に弄ばれる私は溺愛され、その愛に堕ちる

一ノ瀬 彩音
恋愛
国王である義兄様に弄ばれる悪役令嬢の私は彼に溺れていく。 そして彼から与えられる快楽と愛情で心も身体も満たされていく……。 ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

腹黒王子は、食べ頃を待っている

月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

悪役令嬢は国王陛下のモノ~蜜愛の中で淫らに啼く私~

一ノ瀬 彩音
恋愛
侯爵家の一人娘として何不自由なく育ったアリスティアだったが、 十歳の時に母親を亡くしてからというもの父親からの執着心が強くなっていく。 ある日、父親の命令により王宮で開かれた夜会に出席した彼女は その帰り道で馬車ごと崖下に転落してしまう。 幸いにも怪我一つ負わずに助かったものの、 目を覚ました彼女が見たものは見知らぬ天井と心配そうな表情を浮かべる男性の姿だった。 彼はこの国の国王陛下であり、アリスティアの婚約者――つまりはこの国で最も強い権力を持つ人物だ。 訳も分からぬまま国王陛下の手によって半ば強引に結婚させられたアリスティアだが、 やがて彼に対して……? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

処理中です...