上 下
24 / 49

24 エリオ②

しおりを挟む





 父が男爵を中に招き入れると男爵とその妻は娘に目もくれず先を歩いて行く。
 女の子の方もまるでそれがいつもの事だと言わんばかりに一生懸命後を追う。
 しかし彼女が時折苦しそうな咳をするたびに男爵の妻は振り返り“早くなさい!!”と叱るのだ。
 母は自分が風邪を引いて熱を出した時は徹夜で看病してくれた。側で優しい言葉を掛けてくれた。それに身体が辛いと子供は特に甘えたくなるものだ。
 (それなのにこの子……)
 その表情は仄暗く、何の感情も読み取れなかった。 

 *


 「奥様の親戚?」

 さっき聞いた男爵の要望を伝えに訪れた厨房で、エリオはあの家族の正体を聞いた。教えてくれたのは長年ここで料理長を務めるロブだった。

 「あぁ、何かって言うと娘をダシにして遊びに来るんだ。しかも旦那様が居ない時を狙ったようにだ。奥様もお優しい方だからあまり強く言えないようでね。まぁ強く言ったって無理矢理来るんだけどさ。」

 「そうなんだ……」

 「娘は……あの親だろう?いつも何も言わずただ座ってるよ。」

 廊下での様子に違和感を覚えたエリオがあの子は本当にあの両親の子なのかロブに聞くと彼は“そうだ”と答えた。
 世の中には色んな人間がいる。
 この時の自分はああいう家族もいるのだくらいにしか思っていなかった。
 
 *

 それからも頻繁にバジュー男爵夫妻はベルクール邸を訪れた。“遊びに来た”くらいならまだ良かった。“視察旅行に行く”などと言ってローゼリアを数週間も預けて行く時もあったのだ。回を増す毎に度を越して行く男爵の要望に、ローゼリアを不憫に思い招き入れていた夫人だけでなく、使用人達も辟易し始めたある日の事だった。
 なんの連絡も無しにやってきたバジュー男爵は、当主アドルフの不在を確認するといつものように妻と娘を連れてズカズカと屋敷の応接室へ上がり込んだ。
 僕は急いで厨房へお茶の用意を取りに行き、戻ってきた時には興奮気味にバジュー男爵が前のめりで話していた。その内容はこうだ。
 ベルクール領と西方のカント領をつなぐエロール川という河川がある。
 材木の運搬や交通手段としても使われる重要な河川だ。そのエロール川沿いで大規模な街道整備と宿場となる町の建設を行う事が中央で決まった。
 そしてその街道の一部がバジュー男爵の領地を通ると言うのだ。
 街道が整備され近隣に町が出来れば自領に立ち寄る人間も増え、街道からは通行料が取れる。
 浪費家のバジュー男爵家に降って湧いたようなこの話にバジュー男爵は小躍りした。
 これは中央からの命令で、自分達はこれから領地経営で忙しく、病弱な娘の面倒など見ていられない。これはバジュー男爵家だけの問題ではない。街道はベルクール領まで繋がるのだ。お前達のための仕事でもあるのだから面倒を見るのが筋だろうと詰め寄ったのだ。しかもまた当主アドルフが留守の時を狙って。
 だがエリオは勘付いていた。
 彼らはローゼリアの面倒が見れないんじゃない。ローゼリアの面倒を見させる使用人を雇う金と、医者に見せる金が無いんだ。
 バジュー男爵家の財政はもう何年も逼迫ひっぱくしていると言う。おそらく街道に関所でも作るために全財産投げ打つつもりだろう。
 (奥様は彼女の将来を憂えているようだった……もしかしてこのまま引き取るのだろうか)
 しかし奥様はそれを断った。
 ローゼリアは両親の愛に触れさせながら育てるのが一番の療養だと、考えを改めるよう促したのだ。
 すると男爵は納得しないどころかローゼリアの目の前で夫人を罵りだしたのだ。“辺境伯に嫁いだからと良い気になって”“お前達にとっては子供一人預かるくらい大した負担じゃないだろう”“国のために働く自分を助けるのがお前達の役目でもあるだろう”。
 繰り返される罵声に男爵の妻まで加勢する。
 いつも感情を見せないローゼリアもこの時だけは目に涙を浮かべ、ドレスを握り締めて堪えていた。すべて自分のせいだと思っているのだろう。自分さえいなければこんな事にならなかったと。
 エリオはどうしたら良いのかわからずただオロオロと立ち尽くしていた。
 するとドタドタと誰かが廊下を駆ける音がして、すぐ側で止まったと思った瞬間バタン!と勢いよく自分達のいる応接室の扉が開いた。

 「フェリクス様!」

 おそらく使用人からこの騒ぎを聞き付けたのだろう。フェリクスは部屋に入るなりバジュー男爵を睨み付け言った。

 「そんなに自分の子供が邪魔か……。たとえ命を差し出してでも子を守るのが親ではないのか!?」

 「な、何だ!子供は出ていなさい!」

 しかしそんなバジュー男爵を無視してフェリクスはローゼリアを見た。

 「ローゼリア。君はどうしたい。」

 「っ!?」

 ローゼリアは驚きで喉を詰まらせた。
 ゲホゲホと咳き込みながら信じられないものを見るような目でフェリクスを見ている。
 どうやら自分の意見を聞かれた事に驚いているようだった。

 「ローゼリア答えんか!お前はここに居たいよな!?」

 「あなたには聞いていない。ローゼリアに聞いている。」

 「何ぃ!?生意気に……!」

 しかしバジュー男爵は出掛けた言葉を飲み込んだ。フェリクスの顔に彼の父であるアドルフの姿が浮かんだのだろうか。
 
 「ローゼリア、君の人生はこの男の物じゃない。だから君が決めるんだ。」

 彼女の頭の中は混乱しているようだった。彼女は今まで言う通りにしなければ叱られる人生だった。
 でもフェリクスは彼女に決めろと言う。
 きっと彼女も自分の家族がおかしいのは気付いている。子供が泣いて転べば優しい手が伸びる。けれど泣いても苦しくても彼女に差し出される手は一つもないのだ。
 “どうしたいか”なんてない。
 “どうしたらいいか”しかないのだ。
 だがフェリクスはそんなローゼリアに尚も続けた。
 
 「親が無くとも生きていける。生きたいと思う気持ちさえあれば。」

 エリオは驚いた。今までローゼリアが屋敷に来ても最低限の挨拶くらいしかしなかったフェリクスが、彼女を救おうとその父親に立ち向かっている。
 そしてローゼリアは涙を流しながら言ったのだ。

 「……ここにいたいです……」

 と。
 

 
 
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

さよなら 大好きな人

小夏 礼
恋愛
女神の娘かもしれない紫の瞳を持つアーリアは、第2王子の婚約者だった。 政略結婚だが、それでもアーリアは第2王子のことが好きだった。 彼にふさわしい女性になるために努力するほど。 しかし、アーリアのそんな気持ちは、 ある日、第2王子によって踏み躙られることになる…… ※本編は悲恋です。 ※裏話や番外編を読むと本編のイメージが変わりますので、悲恋のままが良い方はご注意ください。 ※本編2(+0.5)、裏話1、番外編2の計5(+0.5)話です。

生まれたときから今日まで無かったことにしてください。

はゆりか
恋愛
産まれた時からこの国の王太子の婚約者でした。 物心がついた頃から毎日自宅での王妃教育。 週に一回王城にいき社交を学び人脈作り。 当たり前のように生活してしていき気づいた時には私は1人だった。 家族からも婚約者である王太子からも愛されていないわけではない。 でも、わたしがいなくてもなんら変わりのない。 家族の中心は姉だから。 決して虐げられているわけではないけどパーティーに着て行くドレスがなくても誰も気づかれないそんな境遇のわたしが本当の愛を知り溺愛されて行くストーリー。 ………… 処女作品の為、色々問題があるかとおもいますが、温かく見守っていただけたらとおもいます。 本編完結。 番外編数話続きます。 続編(2章) 『婚約破棄されましたが、婚約解消された隣国王太子に恋しました』連載スタートしました。 そちらもよろしくお願いします。

【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った

Mimi
恋愛
 声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。  わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。    今日まで身近だったふたりは。  今日から一番遠いふたりになった。    *****  伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。  徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。  シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。  お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……  * 無自覚の上から目線  * 幼馴染みという特別感  * 失くしてからの後悔   幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。 中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。 本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。 ご了承下さいませ。 他サイトにも公開中です

旦那様、私は全てを知っているのですよ?

やぎや
恋愛
私の愛しい旦那様が、一緒にお茶をしようと誘ってくださいました。 普段食事も一緒にしないような仲ですのに、珍しいこと。 私はそれに応じました。 テラスへと行き、旦那様が引いてくださった椅子に座って、ティーセットを誰かが持ってきてくれるのを待ちました。 旦那がお話しするのは、日常のたわいもないこと。 ………でも、旦那様? 脂汗をかいていましてよ……? それに、可笑しな表情をしていらっしゃるわ。 私は侍女がティーセットを運んできた時、なぜ旦那様が可笑しな様子なのか、全てに気がつきました。 その侍女は、私が嫁入りする際についてきてもらった侍女。 ーーー旦那様と恋仲だと、噂されている、私の専属侍女。 旦那様はいつも菓子に手を付けませんので、大方私の好きな甘い菓子に毒でも入ってあるのでしょう。 …………それほどまでに、この子に入れ込んでいるのね。 馬鹿な旦那様。 でも、もう、いいわ……。 私は旦那様を愛しているから、騙されてあげる。 そうして私は菓子を口に入れた。 R15は保険です。 小説家になろう様にも投稿しております。

ゼラニウムの花束をあなたに

ごろごろみかん。
恋愛
リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。 じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。 レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。 二人は知らない。 国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。 彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。 ※タイトル変更しました

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

あなたに嘘を一つ、つきました

小蝶
恋愛
 ユカリナは夫ディランと政略結婚して5年がたつ。まだまだ戦乱の世にあるこの国の騎士である夫は、今日も戦地で命をかけて戦っているはずだった。彼が戦地に赴いて3年。まだ戦争は終わっていないが、勝利と言う戦況が見えてきたと噂される頃、夫は帰って来た。隣に可愛らしい女性をつれて。そして私には何も告げぬまま、3日後には結婚式を挙げた。第2夫人となったシェリーを寵愛する夫。だから、私は愛するあなたに嘘を一つ、つきました…  最後の方にしか主人公目線がない迷作となりました。読みづらかったらご指摘ください。今さらどうにもなりませんが、努力します(`・ω・́)ゞ

私のことが大嫌いらしい婚約者に婚約破棄を告げてみた結果。

夢風 月
恋愛
 カルディア王国公爵家令嬢シャルロットには7歳の時から婚約者がいたが、何故かその相手である第二王子から酷く嫌われていた。  顔を合わせれば睨まれ、嫌味を言われ、周囲の貴族達からは哀れみの目を向けられる日々。  我慢の限界を迎えたシャルロットは、両親と国王を脅……説得して、自分たちの婚約を解消させた。  そしてパーティーにて、いつものように冷たい態度をとる婚約者にこう言い放つ。 「私と殿下の婚約は解消されました。今までありがとうございました!」  そうして笑顔でパーティー会場を後にしたシャルロットだったが……次の日から何故か婚約を解消したはずのキースが家に押しかけてくるようになった。 「なんで今更元婚約者の私に会いに来るんですか!?」 「……好きだからだ」 「……はい?」  いろんな意味でたくましい公爵令嬢と、不器用すぎる王子との恋物語──。 ※タグをよくご確認ください※

処理中です...