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24 エリオ②
しおりを挟む父が男爵を中に招き入れると男爵とその妻は娘に目もくれず先を歩いて行く。
女の子の方もまるでそれがいつもの事だと言わんばかりに一生懸命後を追う。
しかし彼女が時折苦しそうな咳をするたびに男爵の妻は振り返り“早くなさい!!”と叱るのだ。
母は自分が風邪を引いて熱を出した時は徹夜で看病してくれた。側で優しい言葉を掛けてくれた。それに身体が辛いと子供は特に甘えたくなるものだ。
(それなのにこの子……)
その表情は仄暗く、何の感情も読み取れなかった。
*
「奥様の親戚?」
さっき聞いた男爵の要望を伝えに訪れた厨房で、エリオはあの家族の正体を聞いた。教えてくれたのは長年ここで料理長を務めるロブだった。
「あぁ、何かって言うと娘をダシにして遊びに来るんだ。しかも旦那様が居ない時を狙ったようにだ。奥様もお優しい方だからあまり強く言えないようでね。まぁ強く言ったって無理矢理来るんだけどさ。」
「そうなんだ……」
「娘は……あの親だろう?いつも何も言わずただ座ってるよ。」
廊下での様子に違和感を覚えたエリオがあの子は本当にあの両親の子なのかロブに聞くと彼は“そうだ”と答えた。
世の中には色んな人間がいる。
この時の自分はああいう家族もいるのだくらいにしか思っていなかった。
*
それからも頻繁にバジュー男爵夫妻はベルクール邸を訪れた。“遊びに来た”くらいならまだ良かった。“視察旅行に行く”などと言ってローゼリアを数週間も預けて行く時もあったのだ。回を増す毎に度を越して行く男爵の要望に、ローゼリアを不憫に思い招き入れていた夫人だけでなく、使用人達も辟易し始めたある日の事だった。
なんの連絡も無しにやってきたバジュー男爵は、当主アドルフの不在を確認するといつものように妻と娘を連れてズカズカと屋敷の応接室へ上がり込んだ。
僕は急いで厨房へお茶の用意を取りに行き、戻ってきた時には興奮気味にバジュー男爵が前のめりで話していた。その内容はこうだ。
ベルクール領と西方のカント領をつなぐエロール川という河川がある。
材木の運搬や交通手段としても使われる重要な河川だ。そのエロール川沿いで大規模な街道整備と宿場となる町の建設を行う事が中央で決まった。
そしてその街道の一部がバジュー男爵の領地を通ると言うのだ。
街道が整備され近隣に町が出来れば自領に立ち寄る人間も増え、街道からは通行料が取れる。
浪費家のバジュー男爵家に降って湧いたようなこの話にバジュー男爵は小躍りした。
これは中央からの命令で、自分達はこれから領地経営で忙しく、病弱な娘の面倒など見ていられない。これはバジュー男爵家だけの問題ではない。街道はベルクール領まで繋がるのだ。お前達のための仕事でもあるのだから面倒を見るのが筋だろうと詰め寄ったのだ。しかもまた当主アドルフが留守の時を狙って。
だがエリオは勘付いていた。
彼らはローゼリアの面倒が見れないんじゃない。ローゼリアの面倒を見させる使用人を雇う金と、医者に見せる金が無いんだ。
バジュー男爵家の財政はもう何年も逼迫していると言う。おそらく街道に関所でも作るために全財産投げ打つつもりだろう。
(奥様は彼女の将来を憂えているようだった……もしかしてこのまま引き取るのだろうか)
しかし奥様はそれを断った。
ローゼリアは両親の愛に触れさせながら育てるのが一番の療養だと、考えを改めるよう促したのだ。
すると男爵は納得しないどころかローゼリアの目の前で夫人を罵りだしたのだ。“辺境伯に嫁いだからと良い気になって”“お前達にとっては子供一人預かるくらい大した負担じゃないだろう”“国のために働く自分を助けるのがお前達の役目でもあるだろう”。
繰り返される罵声に男爵の妻まで加勢する。
いつも感情を見せないローゼリアもこの時だけは目に涙を浮かべ、ドレスを握り締めて堪えていた。すべて自分のせいだと思っているのだろう。自分さえいなければこんな事にならなかったと。
エリオはどうしたら良いのかわからずただオロオロと立ち尽くしていた。
するとドタドタと誰かが廊下を駆ける音がして、すぐ側で止まったと思った瞬間バタン!と勢いよく自分達のいる応接室の扉が開いた。
「フェリクス様!」
おそらく使用人からこの騒ぎを聞き付けたのだろう。フェリクスは部屋に入るなりバジュー男爵を睨み付け言った。
「そんなに自分の子供が邪魔か……。たとえ命を差し出してでも子を守るのが親ではないのか!?」
「な、何だ!子供は出ていなさい!」
しかしそんなバジュー男爵を無視してフェリクスはローゼリアを見た。
「ローゼリア。君はどうしたい。」
「っ!?」
ローゼリアは驚きで喉を詰まらせた。
ゲホゲホと咳き込みながら信じられないものを見るような目でフェリクスを見ている。
どうやら自分の意見を聞かれた事に驚いているようだった。
「ローゼリア答えんか!お前はここに居たいよな!?」
「あなたには聞いていない。ローゼリアに聞いている。」
「何ぃ!?生意気に……!」
しかしバジュー男爵は出掛けた言葉を飲み込んだ。フェリクスの顔に彼の父であるアドルフの姿が浮かんだのだろうか。
「ローゼリア、君の人生はこの男の物じゃない。だから君が決めるんだ。」
彼女の頭の中は混乱しているようだった。彼女は今まで言う通りにしなければ叱られる人生だった。
でもフェリクスは彼女に決めろと言う。
きっと彼女も自分の家族がおかしいのは気付いている。子供が泣いて転べば優しい手が伸びる。けれど泣いても苦しくても彼女に差し出される手は一つもないのだ。
“どうしたいか”なんてない。
“どうしたらいいか”しかないのだ。
だがフェリクスはそんなローゼリアに尚も続けた。
「親が無くとも生きていける。生きたいと思う気持ちさえあれば。」
エリオは驚いた。今までローゼリアが屋敷に来ても最低限の挨拶くらいしかしなかったフェリクスが、彼女を救おうとその父親に立ち向かっている。
そしてローゼリアは涙を流しながら言ったのだ。
「……ここにいたいです……」
と。
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