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しおりを挟む自分に向かって投げられた濃紫の小箱。
青く輝く石はかなりの大きさだった。そしてそれを取り囲むダイヤのパヴェも見事だった。
子供の頃は憧れたものだ。大きな石のついた素敵な指輪を王子様のような人が自分の前で跪き、永遠の愛の誓いと共に指にはめてくれるのを。
出どころは腹立たしいが投げたのは紛れもなく王子様。
しかしその小箱が自分の手に到着するその瞬間、必死でこの小箱を死守せんと抵抗するローゼリアの姿がまるで走馬灯のように頭の中に蘇った。
「ヒッッ……!!」
シルフィーラは口を引きつらせて悲鳴を上げ、咄嗟に小箱を避けてしまった。
コロンコロンと上質なビロードで覆われた小箱が優しい音を立てて転がって行く。
「なっ、何するのよ!!それは私の物なのに!!」
入り口の扉の前へと転がった小箱を取り戻さんと、ローゼリアは裸足のままベッドを飛び降り駆け出した。
しかしその手の中に再びその小箱が戻る事は無かった。ローゼリアより先に動いたフェリクスが小箱を拾い上げたのだ。
「何するのフェリクス!!返して!!」
「これをどこで手に入れたんだ。」
「それは私が個人的に頼んで作らせた物よ!」
「違う。これは私が一から考えて作らせた物だ。君がしつこく聞くから話しただろう。シルフィーラ嬢のサファイアのような瞳と美しい白金の髪色と同じ台にしたと。」
(ん?しつこく聞くから?)
シルフィーラは自分の耳がおかしくなってしまったのかと思った。しかしどちらかと言えばおかしいのは耳ではなく顔だ。今のシルフィーラはフェリクスの口から出た言葉が衝撃的過ぎて受け止められず、【社交界の華】とまで呼ばれたその麗しの顔はカッチカチに固まっていた。
こうなると初めて自分の存在が空気で良かったと思えてくる。
「聞いたわよ!それで同じのが欲しくなったから作らせたのよ!だから早く返して!」
「そんな訳あるか!それにそんな予算を君に割いていいなどと許可してはいない!エリオ!泣いてないで早く説明しろ!!」
ローゼリアといくら問答したところで埒が明かないと思ったのだろう。フェリクスのエリオを問い詰める口調はさっきよりもずっと強い。
だがエリオは突っ伏して泣いたまま動こうとしない。
「はいはーい。とりあえずちょっと一回話そうか。ベルクール卿、悪いけど部屋とお茶用意してくれるかな?」
「こんな時にお茶!?ルシール正気なの?」
「正気だよ。シルフィーラだって聞きたいだろ?」
「何をよ。」
「“サファイアのような瞳と美しい白金の髪色”なんて愛しい恋人に囁く言葉だよ?それも胸を焦がすほど愛しい恋人にね。それなのになんで肝心のシルフィーラは無視されてるのかってさ。」
「それは……」
聞きたい。けど聞きたくない。
聞いたらうっかり情けが湧くような話なら尚更御免だ。
「そこの元気な君も理由を知ってたはずだよね?」
“元気な君”ことローゼリアはルシールの言葉にあろうことか小さく舌打ちをした。
(嘘でしょ!?さっきまでのは本当に全部演技だったって事!?)
そうだとしたらどれだけ長い間演技し続けていたのだろう。いや、最初は本当に病弱だったのかもしれない。けれどこのベルクールの地でそれが治って……ありえる話だ。
「シルフィーラ、話くらい聞いてやりなよ。そこの不健康もどきとベルクール卿のやり取りも聞いてたでしょう?」
「聞いてたけど……。」
聞いてたけどやはりフェリクスは自分の方を見もしない。
「経緯はどうであれ一世一代の婚約指輪を悲鳴あげて避けられた上に、床に転がされた可哀想な男の話も聞かずに帰るの?相当後味悪いと思うよ?」
「うっ……で、でもベルクール卿は私と喋る気なんてまったくなさそうじゃないの。」
ほら、今だってこんなに言ってるのに思いっきり顔を背けてる。
「……彼がちゃんと話すにはとにかくお茶とソファが必要なんだよ。」
「何よそれ。」
「話が始まればすぐわかるよ。あと僕からも話があるから。」
「ルシールから?それこそ何よ。」
「まあそれは後でいいから。じゃ、とりあえずこの子達縛って貰おうかな。ベルクール卿、縄ある?」
「ちょっと!縛るなんて冗談じゃないわよ!私を誰だと思ってるの!?」
ローゼリアの口調はすっかり荒いものに変わってしまっている。おそらくこれが彼女の素なのだろう。こんな女の力になりたいだなんて一度でも考えてしまったあの日の自分を引っ叩いて目を覚ましてやりたい。
フェリクスが使用人に縄を持って来させ、二人を縛る間中ローゼリアはキーキーと抵抗しながら騒いでいたが、エリオは俯いたまま何もかも諦めたように大人しくお縄を頂戴したのだった。
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