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しおりを挟む「来て下さって嬉しいわ。」
シルフィーラを迎えるローゼリアはさながら客をもてなす女主人といった風情だ。本来ならば逆なのに。
「……お招きありがとうございます。」
本当は来るつもりなどなかった。
けれど一度だけなら話を聞いてみてもいいかと思ったのだ。もしかしたら悪い人間ではないのかもしれない。シルフィーラを犠牲にしなければならない理由が何かあるのかもしれないと。しかしこの後シルフィーラはそんな考えを抱いてしまった事を後悔する。
「もうこちらでの暮らしには慣れましたか?」
「……ええ。」
この前といい今日といい、この口の聞き方は一体何なのだろう。いくら家格が低くても最低限のマナーくらいは学んでいるはず。
当主である恋人の家なのだから好き放題しても大丈夫だと思っているのだろうか。
もしこんな話を兄様達が聞いていたら大変な事になっていただろう。
しかしローゼリアは悪びれる様子もなく続ける。
「本当はもっと早くにご挨拶しなければと思っていたんだけど、あいにく私身体が弱くて……本当にごめんなさいね。」
止まらない上から目線の物言いに呆れ返ったシルフィーラはもはや返事をする気力も失いかけていた。
(それにしても……とても仕立ての良いドレスだわ……)
ローゼリアのドレスは王都で流行しているもののような派手さは無いが、生地は一流の品だろう。スルスルと絹が擦れる音が耳に心地良い。
こんな上等な品、男爵家の娘が普段着用する物とはとても思えない。だとするとこれはフェリクスが彼女のためにあつらえてやったドレスなのだろう。ドレスだけではない。胸元を飾る宝石や指輪もだ。
「あ、そのお菓子はここに置いて頂戴。クリームはここにね。」
ローゼリアの指示でベルクール邸の侍女達もテキパキと仕事をこなして行く。けれどそこに違和感はまるでない。と言う事は二人の関係はエリオだけでなく、使用人全員が公認の仲なのだ。
いよいよ本格的に自分は邪魔者なのだという実感が湧いてきた。
「それで……フェリクスとはうまくやってるのかしら?」
「………は?」
「あ、恥ずかしがらないで何でも相談して頂戴!私、フェリクスの事なら何でも知ってるから、色々教えてあげられるかもしれないと思って。」
シルフィーラは持っていたカップを危うく落としそうになった。それもそのはず。ローゼリアの発言に今度こそ開いた口が塞がらなくなってしまったからだ。
もうこの際言葉遣いについては目を瞑ろう。今注目すべきはそこじゃなくて“フェリクスの事なら何でも知ってるから”という発言だ。
正妻にと迎えられた自分に妾である女が言う事だろうか。まだ正妻ではないからと言う事なら身分はどうだ?公爵令嬢と男爵令嬢では説明するまでもない大きな差がある。
それなのにこの場にはローゼリアの発言を諌める者も疑問に思う者も誰もいない。
こんな侮辱を受けたのは生まれて初めての事だ。シルフィーラにはこれ以上とても耐えられなかった。
「ローゼリア様……」
「何かしら?どうぞ何でも仰って?」
結局口をつける事もしなかったカップを置き、シルフィーラはローゼリアに目を向けた。
「私はお二人の関係がどのようなものなのかは知りませんが、今の発言は私に対しあまりにも失礼なのではありませんか?」
「えっ?」
「私がこちらに来たのはフェリクス様より結婚の申し込みを頂いたからであって、このような扱いを受けるためではありません。」
「あの……何か気に障る事でも……?」
ローゼリアはおずおずと上目遣いで聞いてくる。呆れた。どうやら本当に何もわかっていないようだ。
「では一部始終を見ていたあなた達に聞きます。あなた達の中にも貴族出身の者がいるでしょう。何が問題だったのか彼女に教えてあげられる者はいますか?」
シルフィーラが侍女達に問い掛けると、皆ローゼリアと同じように怯えたように下を向き、隣同士ヒソヒソと何か囁き合っている。
この家は侍女の教育もきちんと出来ていないのかとシルフィーラは溜め息をついた。
「……わからないのでしたらこれ以上お話することは何もありませんわ。」
シルフィーラはセイラに目で合図し椅子を引かせた。本来ならばどんな嫌な相手だろうが礼儀は尽くす性格だったがこれは度が過ぎている。
どうせもう二度と会う事も無いんだから、無礼な態度のお返しだわ。
「待ってシルフィーラ様!!」
ローゼリアが立ち去ろうとするシルフィーラを止めようと慌てて席を立ったその時だった。
「何事だ?」
「フェリクス!!」
まるで助け舟がきたとばかりに高い声を上げ、ローゼリアは名前を呼んだ人物に駆け寄り抱き付いた。
「どうしたんだローゼリア。これは一体……」
わかってはいたしこれっぽっちの情もない相手だが、目の前で抱き合われたらさすがにシルフィーラもショックだった。
「違うのフェリクス!私が……私が悪いの!」
「ローゼリア落ち着いて。何があったのか話してくれるか?」
「私がシルフィーラ様の機嫌を損ねるような事しちゃったの!!ごめんなさい…ごめんなさいシルフィーラ様!!」
これじゃまるで自分は完璧な悪者だ。
きっと何をどう言ったところで彼は信じてなどくれないだろう。
「セイラ……行きましょう。」
ローゼリアはまだぎゃあぎゃあと何か叫んでいたが、シルフィーラは後ろを振り向かずただひたすら部屋に向かって歩いた。
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