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 「旦那様が見えられました。」

 ベルクール邸の侍女が扉の外でそう告げると当主フェリクスが部屋の中へと入って来た。
 ダークブロンドの髪と青みがかったグレーの瞳はやはり昼間別邸で女性に微笑んでいたあの人だった。
 シルフィーラはフェリクスに向かって丁寧に礼をした。

 「初めてお目にかかります。アルヴィア公爵家より参りましたシルフィーラにございます。」

 緊張と今まで抱えていた不安のせいで、いつもなら得意なはずの挨拶も声が震えてしまう。

 「フェリクス・ベルクールです。」

 しかしフェリクスは抑揚のない声でそれだけ言い黙ってしまう。
 (何で何も言わないのかしら。だって昼間はあんなに……)
 目の前の彼は本当に昼間の男性と同一人物なのだろうか。しかし双子などとは聞いていないから間違いなく彼のはず。
 待てども待てども彼の口から次の言葉が語られる事はなく、その場を支配する沈黙にシルフィーラはどうしたらいいのかわからず戸惑う。

 「あの……」

 意を決して何か話してみようと声を発した瞬間

 「ではまた……何か足りない物があればエリオに言って下さい……。」

 それだけ言い残して踵を返してしまった。
 (結局何も話せなかった……あの女性の事も……) 
 
 部屋に残されたシルフィーラはしばらくそこから動く事が出来ずにいた。




 **


 それからも相変わらず一人ぼっちの日々が続いた。
 辺境伯夫人となるために何か学ぼうとしてもエリオからは

 「旦那様からはシルフィーラ様にはゆっくりして頂くよう仰せつかっておりますので」

 と、やんわり断られてしまう有様。
 これでは自分はなんのためにここに来たのだろう。望まれてきたものだとばかり思っていたシルフィーラの心にはポッカリと穴が空いてしまったかのようだった。
 そしてシルフィーラは思いもかけずこの扱いの訳を知る事となる。

 「た、大変ですお嬢様……!!」

 お茶の用意のために厨房へ行っていたセイラが青い顔で戻って来た。
 
 「どうしたのセイラ?顔色が悪いわ。」

 「今厨房で侍女達がとんでもない話を……!」

 「とんでもない話?」

 セイラは自分が聞いた話をシルフィーラへと説明した。

 「……ではあの別邸にいるのはフェリクス様の従姉妹のローゼリア様で、二人は……恋人であると言うのね……。」

 「……はい。確かに皆そのように話していました。なぜあんなに仲睦まじいお二人なのに、花嫁を迎える必要があるのかと……どうやら使用人は皆そのローゼリア様とやらを慕っているようでした。」

 なるほど。
 これですべての辻褄が合う。
 エリオ達使用人の態度がおかしかったのは私が歓迎出来ない邪魔者であったからだ。
 この屋敷の使用人は皆主人であるフェリクス様とその従姉妹であるローゼリア様を慕っている。それなのに王家の血を引く公爵家の娘が主人に嫁ぐためにやってきた。そんな女に屋敷に入られてはローゼリアの立場はどうなるのかと心配しているのだ。

 「……私、必要とされてないのね……」

 「お嬢様……。」

 「セイラ、あなたにはこのまま事情を探って貰ってもいいかしら?」

 「事情と申しますと?」

 「何故お二人は結婚しないのか。そしてどうして私がここに呼ばれたのかその理由を。」

 「わかりました!」

 理由次第では力になってあげられるかもしれない。この時のシルフィーラはそんな風に考えていた。





 

 
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