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外伝 ヤリ捨て姫の勘違いは絶好調編

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 フィランがこの約束を守るということは、万が一エリーシャが先に命を落とした場合、その後誰とも寄り添うことができず、自身の命が尽きるまで、ただひたすら孤独の中で生きる事になるのだ。
 ふたりの事情を何も知らない人間からすれば、さぞかし残酷な誓いに聞こえるだろう。
 しかし目の前の彼の表情は喜びに満ちている。
 それは、フィランがエリーシャのためだけに生まれた竜のような男だから。
 きっと誓いなど立てなくてもフィランは、生涯ただひとりとしか番わないという竜たちの生き方に倣うのだろう。
 あえて誓わせる意味はないのかもしれない。
 けれどエリーシャはどうしても、これから先何度でも、彼の口から聞きたかった。
 『エリーシャ以外、決して誰とも番わない』と。
 
 ──これからはもう、口下手だからとか、不器用だからとか、そんな言い訳は許してあげない

 「リシャ……触れても……?」

 まるで誘惑するかのような色を含んだ声で囁かれ、エリーシャの顔に一気に熱が集中した。
 エリーシャが望んだ誓いに感極まった様子のフィランは目を潤ませ、うっとりとした表情でエリーシャの答えを待っている。

 ──人生を雁字搦めにされて苦しむ人はいても、こんなに喜びを露にする人なんていないわ……フィーも本当にどうかしてる……

 しかもフィランの声は少し上擦っていて、呼吸も早い。その姿はまるで熱に浮かされたよう。病ではなく、もっと激しい熱に。
 まだ許した訳じゃないのだけれど──エリーシャは心の中でひとりごちる。

 「フィー……欲しいの……?」

 図らずも上目遣いで聞くエリーシャに、フィランは目を見張り、喉を鳴らした。
 エリーシャだって、フィランに思い切り文句やわがままを言いながら、気が済むまでどろどろに甘やかして欲しい気持ちが無いわけじゃない。
 けれどエリーシャは、そんな気持ちをぐっとこらえた。

 「……今は駄目よ。その前にしなければならない事があるわ」

 何事も、一番大変なのは後始末だ。
 一連の騒動のきっかけを作ったのはカサンドラだが、自分たちが起こしてしまった事に対するけじめをつけなければならない。
 それにカサンドラの件が終わるまでは、フィランの求めにも心から応じる事ができない気がした。いや、例えすべて無事に終える事ができたとしても、当分の間、元のふたりに戻ることは無理だ。
 お預けを食らったフィランは一瞬、叱られた時の子竜のように傷ついた顔をして、エリーシャの胸は少しだけギュッと締め付けられた。
 しかし、意外にも彼はすぐに引き下がった。
 エリーシャの言う『しなければならないこと』の重要さがわかっているのだ。

 「……リシャ。ここから先はすべてあなたの思う通りに」


 *


 翌日。
 大広間に集められたベルーガ竜騎士団一行の顔色は悪かった。
 おそらく皆、副官のリノよりカサンドラの犯した愚かで野蛮な行為を聞いたのだろう。
 そして緊急で呼び出された先に待っていたのは、今回の被害者であるエリーシャの家族──王家の面々から発せられる凄まじい圧だ。
 彼らの醸し出す雰囲気から察するに、自分たちが五体満足で帰還することは不可能だと思っているに違いない。
 良くて投獄、悪くて死罪。
 温厚な父王がそんな酷い処罰を下すことは有り得ないが、この大陸には騎士の命など何とも思わないような苛烈な国王も確かに存在する。
 最前列で騎士たちと同じように膝をつくカサンドラは、昨日とは別人のようにやつれていた。

 ──彼女は自業自得だけれど、巻き込まれた団員たちは本当に気の毒だわ……

 片膝をつき、頭を垂れながら沙汰を待つベルーガの竜騎士たち。エリーシャはそれを家族と共に壇上から見下ろしながら同情した。

 会場の端にはフィラン、そしてラウルの姿もあった。
 おそらくラウルはエリーシャたちが帰った後、この事態を想定してすぐに公爵邸を発ったのだろう。
 
 ──ラウル様にも随分迷惑をかけてしまったわね……

 エリーシャの脳裏に、公爵邸で過ごした日々が浮かぶ。
 短かったが、ラウルとバラデュール公爵夫人には、色々な気付きをもらえた。
 たくさんの人に心配をかけた事は反省しているが、それでもあの数日間の出来事は自分に必要だった。それは間違いない。

 ──ふたりには改めて御礼をしなければ

 ひと通り会場を見渡した後、エリーシャはカサンドラに視線を戻した。
 カサンドラは一度でも己の振る舞いが周囲に及ぼす影響について考えたことがあっただろうか。
 いや、考えていればこんな事にはならなかっただろう。
 しかし今回の件で周囲を振り回したのはエリーシャとて同じ。身につまされるようで胸が痛む。

 「カサンドラ王女。此度のことについて、何か申し開きはあるかな」

 いつも穏やかな父王の声は冷たく、そこに情状酌量の余地は感じられない。
 平民であればただの痴情のもつれで済むが、王族への暴行となれば、これは国家間の大問題だ。そして父王は、昔から身体の弱いエリーシャを目の中に入れても痛くないほど溺愛している。
 一睡もしていないのだろうカサンドラは、目元にひどい隈をこしらえていた。

 ──何だか、とても小さく見えるわ

 あれほど自信に満ち溢れ、傲慢さすら魅力に変えていた彼女からは、考えられないような弱々しい姿。
 堂々と自己弁護してくるはずだと思っていたエリーシャは拍子抜けした。
 しかし彼女の心情を推し量ればそれも当然かと思う。

 ──フィーに拒絶されたからだわ

 フィランへの気持ちも、これまで築いてきた同志としての信頼も、すべて失った彼女の喪失感はとてつもない大きさだっただろう。





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