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外伝 ヤリ捨て姫の勘違いは絶好調編

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 フィランはルカの用意した竜に乗り、僅かに残るだろうノエルの痕跡を追わせた。
 竜はそれぞれ、人間の嗅覚ではごくわずかにしか感じられないが独特の体臭を放っており、仲間であればその匂いですぐに判別がつく。

 「ルナ、どうだ?」

 ノエルと同じ竜舎で暮らすルナは、ノエル同様知能が高く、嗅覚もとびきり優れている。
 ルナは、フィランがノエルの名を出しただけですぐに飛び出した。

 ルナが向かっているのは郊外の方角だった。
 (ノエルがこんな場所に?)
 竜と王女が身を隠すとしたら、人里では目立ちすぎる。もしかしたら、オムニブス修道院のように匿ってくれる場所がこの先にあるのかもしれない。
 フィランは闇の中、民家から漏れる光を頼りに目を凝らした。
 その時だった。

 「あれは……?」

 闇夜を馬で駆ける一団がフィランの目に入った。
 暗くて分かりづらいが確かに騎士団の制服に間違いない。
 
 「ルナ、降りてくれ!」

 ルナはゆっくりと降下を始め、先頭を走る馬に近付いた。
 すると馬上にいたのはよく見知った顔。副団長のノアだ。

 「ノア!!」

 「フィラン団長!?」

 急に空から現れたフィランに驚き、ノアは急いで後ろからついてくる者たちに向かって止まるよう声を掛けた。

 「どうされたんです!?」

 「お前達こそこんな時間にどこへ向かっているんだ」

 「我々はラウル団長からの命令で、バラデュール公爵邸へと向かっております」

 「バラデュール公爵邸?ラウルの生家か」

 「はい!何でも戦争規模の実戦訓練を行うとの事です」

 「戦争規模!?」

 おかしい。騎士団にそんな予定など入ってはいなかったはず。それに、戦争規模となれば当然国王陛下の許可がいる、そして竜騎士団長であるフィランにも必ず連絡が入るはずだ。
 (一体ラウルは何を考えているんだ……)

 「キュウ!」

 その時、ルナが長い首をフィランへ向けて何かを訴えた。

 「どうした?」

 「キュルルゥ!」

 「ノエルがいるのか?」

 「キュキュウ!」

 ルナはどうやら何かに気付いたようだ。

 「足を止めてすまなかったな!」

 騎士団の事は気になったが、今はエリーシャを探すのが先と判断し、フィランは再び飛び立った。
 しかし、ルナが飛ぶ方向は騎士団の向かう方向と同じ。まるでルナとフィランが騎士団を先導しているような状況だった。
 フィランの頭の中を嫌な予感がよぎる。
 (まさか……リシャはラウルの屋敷に?)
 いや、そんな事はあり得ない。外出などほとんどしたことのないエリーシャは、ラウルの屋敷がどこにあるのかなど知らないはず。
 だがノエルが一緒となると話は少し違って来る。
 フィランは感じたことのない胸騒ぎに襲われた。
 エリーシャは美しく、誰からも慕われる性格だ。ラウルとてエリーシャを憎からず思っているのは見ていてわかる。
 そして、今のエリーシャはフィランに裏切られたと思い、自棄になっている。
 (もしかしたら二人は)
 可能性はゼロではない。
 フィランは嫌な予感を吹き飛ばすかのように飛ぶスピードを上げた。

 やがて見えて来たのは広大な敷地を有する大邸宅。ルナはその上空で旋回する。
 間違いない。ノエルはここにいる。
 嫌な予感が現実味を帯びてきた。ノエルがいる場所に必ずエリーシャもいる。
 (ノエルはどこだ?)
 さすがに竜を屋敷の中に入れる事は出来ないだろう。

 「ルナ、ノエルはどこにいる?」

 ルナはキョロキョロと辺りを見回して、戸惑うように首を傾げる。“確かにここにいるはずなのに”とでも言いたげな表情だ。
 これだけ近くにいれば、ルナの匂いがノエルにだって伝わっているはず。
 (あいつ……隠れたな……!!)
 フィランの頭に一気に血が上った。
 長年共に過ごした何よりも大切な相棒が、肝心な時にいつも自分を裏切るのは何故だ。
 
 「キュイ!」

 その時、ルナが何かを見つけ、フィランに知らせるように鳴いた。
 (あれは……)
 バラデュール公爵邸の使用人だろうか。
 質の良い制服を着た侍女らしき女性が、フルーツが山盛りに入った籠を手に、夜の庭を歩いて行く。
 女性は公爵邸すぐ側の木立ちの中へ入って行く。青々と茂る葉に隠れ、女性の姿が見えなくなってそのすぐ後の事だった。

 「ピィィ♪」

 「!?」

 聞き間違えるはすがない。
 あれは間違いなく長年寄り添ってきた相棒の声。しかも完全なる余所行き仕様の声だ。

 「うふふ、果物が好きなのね?沢山あるから慌てずに食べましょうね」

 「ピィ!」

 (あいつ……!!)
 フィランのこめかみには太い青筋が浮かび上がる。ルナは背中から感じる殺気にも似た怒気に震え上がっている。

 「……ルナ、降りるんだ」

 「ピ!?」

 しかしルナは中々下へ降りようとはしない。
 降りたらノエルがまずいことになるのを本能的に察知したようだ。

 「ルナ!」

 「ピ、ピィィ……」

 しかしフィランの形相に負け、ルナはゆっくりと降下を始めた。


 *


 「あら、林檎も好きなのね?ふふ、可愛いわぁ」

 「ピィ♪」

 シャクシャクと林檎を頬張りご機嫌なノエル。
 “ノエル、後で新鮮な果物を届けさせるからな”
 ラウルはエリーシャを連れて屋敷の中に戻る前、ノエルにそう約束した。
 (あいつは良い奴だ)
 普段のエリーシャへの態度を見ていてもわかる。それに
 (あいつ、相当強い)
 万が一の事を考えても、エリーシャを預けるのにラウルほど適任な者はいなかった。
 (林檎、美味しい……♡) 

 「……ノエル……」

 「!?」

 「えっ!?きゃあっ!」

 突然聞こえた怒気を孕んだ低い声に、ノエルと女性が同時に振り向く。
 ノエルは、城に捨ててきたはずのフィランの姿に驚き、口の中から林檎を落としたのだった……
 


 

 

 
 
 
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