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終章

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    「やぁマリー、久しぶりだね。また凄く綺麗になった。」

    シャルルは眩しそうに目を細める。
    久しぶりに会う初恋の人はそのお腹に四人目の子を宿したと聞いた。
    

    『お前にマーヴェル領を任せたい。これまでの経緯を考えても新領主を貴族から選出しては国を揺らす事になるだろう。王族…しかも王位継承権を持つお前が行くという事は、権力に目の色を変える者達を牽制する上でも大きな意味を持つ。どうだシャルル、行ってくれるか?』

    父からそう告げられたのは、愛しい人が拐われ生存すらわからないその時だった。きっと無事で帰ってくる。そう信じてはいたが毎日眠る事もままならない状態だった。そんな時にこの話だ。頭の中は真っ白に染まった。
    愛した彼女は兄のものになり、せめて側で見つめるだけでもと…そんなささやかな願いすら自分には叶える事が許されないのかと我が身を呪った。
    けれど同時に思ったのだ。愛しい彼女がこの先歩む道を側で見つめ続けるのはさぞかし優しい地獄だろうと。側にいれば顔が見れる。声が聞ける。あわよくば触れる事だって…。しかし彼女が自分のものになる日は永遠にやっては来ない。
    自分とよく似た顔の兄に毎晩抱かれ、いつの日かその華奢な身体に子を宿し、鮮やかに美しく微笑むだろうその姿を見つめ続ける自信がその時の自分には無かったのだ。
    (…今思えばマーヴェル領は遠すぎず近すぎず良い逃げ場だった…。)
    そして僕は新たにアイビンという名を賜り、マーヴェル領はアイビン領へと名前を変えた。


    「…ダニエルもジョエルも為政者としては優秀だったからね。特段苦労することもなくやれているよ。…だからこうやって可愛い姪っ子にゆっくり会いに来れるしね!」

    今はマリーよりも伸びた背。その長い腕でエリシアを高く上げてやると嬉しいのか怖いのか、キャーキャーと声を上げた。

    「うふふ。何だか不思議な気持ちだわ。幼い頃の私がシャルル様に抱っこされているみたい。」

    マリーは子供の頃の自分に瓜二つのエリシアを愛おしそうに見つめている。

    「マリー?あの時の約束はちゃんと守って貰うからね?」

    「まぁ!!」

    悪戯が成功したような顔を向けるシャルルにマリーは困ったように微笑む。

    「本当にそうなったらユーリがおかしくなっちゃうかも。彼…エリシアの事を溺愛してるから。」

    それはそうだろう。兄上も僕も初恋はマリーだが、兄上の恋したマリーはエリシアにそっくりだという幼い頃のマリーなのだ。
    そのエリシアが僕となんて…それこそ地獄だね兄上。
    ここで心からの笑みが出る自分は結構…いや、かなりいい性格してると思う。

    「…マリー、身体を大切にして元気な子を生むんだよ。もう四人目だから慣れたものかも知れないけれど、生命を産み出すんだ。それこそ命懸けの事だからね。」

    「ありがとうございますシャルル様…。あ、そういえば……」

    マリーが何だか言いにくそうにしている。

    「どうしたのマリー?何か心配事?」

    「いえ…あの……」

    「言ってみて?マリーの相談なら何でも聞くよ。」

    そう約束した。兄上にも相談出来ない事があれば誰よりも先に僕の元へ来てと。

     「では…」

    マリーはまださほど膨らんでいないお腹を擦りながら言った。

    「もしも…もしもの話ですよ?」

    そう。あくまでの話。
    
 「もしもお腹の子が女の子で…エリシアと私にそっくりで…それでその…その子がシャルル様の事を好きになってしまったらどうします?」

    その瞬間エリシアの産毛は逆立ち、シャルルは目を見開いて絶句した。

    マリーはしまったと思いながら、しかしこれだけは絶対に聞いておかねばなるまいとも思っていた。それには理由がある。
   




    『ふぁぁぁん!!ふぁぁぁぁん!!』

    『よしよしエリシア、何がそんなに悲しいの?お母様に教えてくれるかしら?』

    普段はとても大人しい子なのに、一度こうなると私だけでなく、ユーリや乳母がどんなに必死になってあやしても泣き止んでくれない。

    『今日はとても大切な方が会いに来てくれるのよ。お願いだから泣き止んで?』

    しかしそれでもエリシアの機嫌は直らない。

    『困ったわ…もうすぐいらっしゃるのに…』

    『マリー様、少し代わりましょう。さあエリシア様、アニーが抱っこして差し上げましょうね。』

    車椅子から白い手を伸ばすのは、すっかり王子妃付きの侍女としての貫禄が身に付いてきたアランの妹。そして私の大親友のアニーだ。
    王宮で働くにあたり車椅子の身である事を憂慮していた彼女だったが

    『これからはアニーのような状況に置かれた人も不自由なく暮らせるよう、私達も国をあげて取り組まなければならない。手始めに王宮でそれを実現してみよう。素晴らしい事だよ。』

    ユリシスのこの言葉でアニーは王宮へ来ることを承諾してくれたのだ。

    『あらあら、今日は本当にどうしたんでしょうね。』

    エリシアはアニーの抱っこでも泣き止まない。もうお手上げだ。マリーもアニーも諦め掛けたその時だった。

    『やぁ僕のお姫様!遅くなってごめんね。』

    突然現れたシャルルがアニーの腕から優しくエリシアを抱き上げた瞬間、エリシアはピタッと泣き止んだのだ。

    『…ぁ…ぁぅ…ぁーぅー…』

    『『!?』』

    マリーもアニーも息を飲んだ。何とエリシアがシャルルに向かって手を伸ばし、生まれて初めて喃語なんごを発したのだ。

    『あぁ、やっぱり僕を待っていてくれたんだね。』

    天使のようなシャルルの笑顔に必死に手を伸ばすエリシアを見てマリーは思ったのだ。
    きっとエリシアはシャルル様を愛するだろうと。



    だから母としてはどうしても今のうちに聞いておきたいのだ。シャルル様に本当に本気でエリシアを嫁にして幸せにする気があるのかどうか。
    若干鼻息の荒くなってきたマリーへの返答を、エリシアも耳をウサギのように立てて聞いていた。







  

  
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