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8章

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    ガーランドに戻ってきてからというもの過保護な愛が大爆発したユリシスによってマリーは部屋に閉じ込められていた。
    ユリシスは毎晩胎教と称してはマリーの腹に顔を寄せ、胎児もトラウマになるくらいしつこく話しかけていた。内容は主に【変な男に引っ掛かるな。特にシャルル。】
    そして少しの異常も見逃さないために健康観察と称し、毎日マリーが起きる前にこっそり蜜の味をチェックしていた…のがバレた時は大いに叱られた。

    忙しくも穏やかな日々が少しずつ心の傷を癒して行く。
    そして二人はいつかした約束をようやく叶える事が出来た。二人で毎日庭園を散歩する事だ。   
    ユリシスは少し膨らみの目立つようになってきたマリーの身体をいつでも支えられるように腰に手を添え、その白く美しい手を優しく引きながら歩いていた。
    
    「寒くない?」

    「えぇ。ありがとうユーリ。」

    仲睦まじい二人の姿は毎日見掛けられた。
    激しい運命を乗り越えた二人を王宮にいる者達は皆温かい目で見守った。どうかこれ以上想い合う二人が引き裂かれる事のないようにと。

    「だいぶ大きくなってきたね。」

    ユリシスは嬉しそうに目を細めてマリーのお腹を優しく擦る。

    「毎日同じ事言ってるわよ?」

    マリーが言うのも無理はない。毎日同じ事を言い腹を擦るのがここのところユリシスの習慣になっているからだ。

    「名前はもう考えた?」

    「ユーリは?」

    「考えた。」

    「嘘!?もう考えたの!?どんな名前?」

    「内緒。」

    「…やっぱり女の子の名前なの?」

    ユリシスはお腹の子は女の子だと言って聞かない。普通ユリシスの立場なら最初の子は男の子を望むだろうに。マリーは不思議でたまらなかった。

    「わかるんだ。」

    そう。マリーの事なら何だって。
    
    「そして私達にはたくさん子供が生まれるよ。絶対にね。」

    予言者ばりに自信たっぷりの表情にマリーは目を見開く。根拠は何一つ無さそうだがユリシスの言う事がまるっきり冗談だとも思えない。

    「本当に?じゃあ聞くけど何人くらい私はあなたの子を生むの?」

    「四人。」

    「よ、四人!?さすがにそれは無理じゃないかしら!?」

    「…無理だ……」

    「ね?そうよね?さすがに……」

    しかし言いかけたその時、マリーはユリシスの口から出た言葉に呆れを通り越して諦めた。

    「私が我慢出来ない。今だってそこの茂みに押し倒したくて仕方ないのに…。」

    産前産後、控えるべき日数を指折り数える姿に泣けてくる。
    この調子じゃ四人じゃ済まないのではないだろうか。しかし言霊というものもある。うっかり口に出して本当になったら大変なのでマリーは黙っていた。

    「やっとだ…やっと君を妻にできる…。」

    優しく自分を抱き締めるその腕の温もりに、マリーは安心して目を閉じる。
    十年の歳月をかけたユリシスの想いはようやく実を結ぼうとしていた。
    

    

    第一王子ユリシスとフォンティーヌ公爵家マリエルの婚約は帰国後すぐ発表された。マーヴェル家の起こした騒ぎに揺れる国内はこのめでたい知らせに少し落ち着きを取り戻したようだった。
    そしてそれから慌ただしい準備に追われた後、晴れて二人は正式な夫婦となった。
    厳かな雰囲気の中、二人は神の前で永遠の愛を誓った。式典やパレードなどは行わず、正装に身を包んだ二人は王宮へ詰め掛けた国民へ笑顔で手を振った。身重の身体を考えたのと、何よりマリーがそれを望んだのだ。
    復興の最中にも関わらず駆け付けたリンシアが、ようやく結ばれる事の出来た二人を見て雄叫びのような泣き声をあげたのはここだけの話だ。






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