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8章
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しおりを挟む「これ以上君と問答する気はない。王族殺しは例え未遂とはいえ重罪だ。覚悟しておくんだな。」
「…そんな……私は何もしていません!!私はカイデンの娘ですよ!?王族とはいえ他国の方が勝手にこんな事して…許されないわ!」
「無実を証明したければ今すぐ服を脱いでみろ。何も出てこなければこちらも考えるさ。」
脱げる訳がない。胸元にすっぽりと隠れる小瓶。一本あれば人を殺すには十分だと言われた。取り上げられ、調べられればこれ以上の言い逃れは不可能となる。
「さぁ、いい加減にしなよ。服を脱ぐか、出来ないなら手を拘束させてもらう。」
クリストフは縄を持ちマリアに近付いた。
「嫌…嫌よ!!殿下助けて下さい!あなたに相応しいのは私です!この女よりずっと私の方があなたを愛してるわ!!」
その時だった。部屋中に肉を打つ派手な音が響き渡る。
「シ、シア!!」
「いい加減にしなさいこの恥さらし!!それでもあなたカイデン将軍の娘ですか!?」
尚もユリシスにすがろうとするマリアをリンシアが無理矢理引き剥がし、その胸ぐらを掴んで頬を思いきり平手で打ったのだ。
「あなたのような女がマリエル様に勝るですって!?ふざけるんじゃないわよ!!お二人がどんな思いでここまで来られたと思っているの!!」
王女に打たれた頬は熱を持ってジンジンと痛む。マリアはなぜ自分がこんな目に遭わねばならぬのか納得出来なかった。
きっと殿下は私の事を憎からず思っていたのにマリエル様にバレたから手のひらを返したのだ。そうに違いない。やはり悪いのはあの女だ。
誰に何をされても、何度諭されてもマリアの恨みは全てマリエルへと向く。
「リンシア殿下に何がわかるのです!?ユリシス殿下は私の事が好きなの!!何で!?何でよ!?何でこうなるのよーーーー!!!」
マリアの絶叫を聞き付けた兵士達は現場の状況を見るなり慌て、すぐにカイデンへと知らせに行った。
息を切らしやってきたカイデンが見たのは涙と鼻水で顔を濡らし、喚きながらそれでも尚ユリシスの足を離さない娘の姿だった。
***
「…女の子なんだから無茶しちゃ駄目だよ。ほら、シアの手の方が真っ赤じゃないか。」
クリストフはリンシアの部屋で彼女の赤く染まった手を水に浸した布を当てて冷やしていた。
「男も女も関係ありませんわ…。無性に腹が立ってしまったの。」
この不器用な恋人は、もうマリエル様の事が大好きなのだ。だから心底腹が立ったのだろう。
「マリエル様は幸せ者だよ。」
「どうして?」
「自分の事で本気で泣いて怒ってくれる君が側にいるんだもん。この先もずっとね。」
いい子、いい子だとクリストフは優しくリンシアの頭を撫でる。
誰かに頭を撫でられるなんて随分久しぶりの事だ。リンシアはクリストフの胸に身体を預ける。
「私も幸せよ…」
「ん?」
「だって…誰よりも私の事を知っているあなたがいるんだもの…。これから一生ね。」
誰もいないせいもあるかもしれないけれど、こんなに甘えてくれるのは初めての事だ。
クリストフはもうすぐ訪れるしばしの別れのためにリンシアの匂いを胸に刻み込むように吸い込んだ。
***
一方ユリシス達の部屋ではマリーがユリシスの足を消毒していた。
「ユーリ…痛くない?」
「…痛い。」
細く長い線状の傷。服が擦れると痛むだろうと思い、マリーは優しく包帯を巻いていく。
結局マリアは最後の最後までユリシスの足から離れようとせず、最後は父親とその側近達に三人がかりでユリシスから引き剥がされ、離れる瞬間に爪痕を置き土産のように残して行った。
『殿下!!申し訳ありません!!申し訳ありませんでしたーーーー!!』
娘の隠し持っていた瓶を床に置き土下座する父親の姿を虚ろな目で見ていたマリア。彼女はあの時何を思っていたのだろう。
ユリシスはあれから何も喋らない。
沈黙に耐え兼ねたマリーは恐る恐るユリシスに尋ねた。
「…怒ってる……?勝手な事をしたわ…。」
ユリシスはマリーが包帯を巻いた足を見ながらしばらく黙っていた。
「それに…まだ妃でも何でもないのに偉そうな事も言っちゃった。ごめんなさい…。」
自分の言葉を思い返しうつむきながら反省するマリーにユリシスは優しく口を開いた。
「嬉しかったよ…。」
「え……?」
聞き間違いじゃないだろうか。いや違う。だって彼は微笑んでいる。
「もう少し聞いていたかった。君がどれほど強くなったのかを。」
「私が…強い…?」
強くなんてない。マリアを撃退したのだってリンシア王女の強烈な張り手だ。
「強くなったよ。今までもそう思ってはいたけど今回はそれの比じゃない。これでもう安心だ。」
言っている事がわからない。一体何が安心だと言うのか。
「君がガーランドの王妃となった暁には必ずや国民からの絶大な信頼を得るだろうという事。そして私の隣に立つ者として臣下からの信頼もね。」
「ユーリ……。」
「以前の君は生まれたばかりの雛鳥だ。助けがなければ生きて行けない。生きる術を教えて貰わなければすぐに狙われて殺されてしまうようなね。でも今の君は違う。これまでの経験が君に戦う力を授けてくれた。私の手を離れ、自分の身を守るために戦う力と胆力をね。」
“おいで”とユーリは私を寝台へ誘う。
そして私を座らせると自分は床に膝をつき、お腹から腰に優しく手を回し抱きついてきた。
「この子はすごい子だ。私でさえ出来なかった事をあっという間にやってのけた。きっとこれから先もこの子が私達を照らす光になる。」
「…私…あんまり強くなりたくないわ。」
ユーリは不思議そうな顔で私を仰ぎ見た。
「だってずっと…ずっとあなたに甘えていたいもの。強くなり過ぎると甘えられなくなっちゃうかもしれないでしょ?意地張って。」
ユーリは白い歯を見せて笑う。
「大丈夫だ。その時は何も言わせずに寝所に連れ込んで襲うよ。嫌でも甘えるようにね。」
それ、私が強かろうが弱かろうがいつもそうなるんでしょ?とは言わなかった。
きっとこの人は私の事ならなんでもわかるはずだから。だから今は…素直に甘えられる今は思ったことを言うことにした。
「…今も甘えたいわユーリ。たくさん。」
私の言葉にユーリはニヤリと悪い顔で笑った。
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