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8章

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    ユリシスの顔からは表情が抜け落ちていた。
    目の前で怯えるマリアに向ける視線は冷たく塵を見るかの…いや、塵の方がまだこれより暖かい目で見て貰えるだろうと思うほどだ。
    ガタガタと震えるマリアは声も出せずにその場に立ち尽くす。
 
    「悪いけど拘束させてもらうよ。」

    クリストフがユリシスの前で動かなくなったマリアの手を縄で縛ろうとした瞬間、マリアはユリシスの足元にしがみついた。

    「お助け下さい殿下!私は何もしておりません!マリエル様は誤解してらっしゃるのです。きっとマリエル様がジョエルという男に好きにされている間、殿下のお側にいた私を憎く思って…!!」

    涙を流し懇願するマリアを見てもユリシスの表情は変わらなかったが、足元で下を向き涙するマリアにはそれがわからなかった。

    「クリストフ様も一緒になって私を嵌めようとしているのです!」

    「僕!?」

    まさか自分の名前が出てくると思わなかったクリストフはあんぐりと口を開けた。

    「ギヨームの妄言を信じ私がマリエル様に毒を盛ろうとしていると…そんな事あり得ませんわ!!」

    口には出さなかったが未来の夫の名誉をこれ以上なく傷つけられたリンシアの額は破裂しそうなほど血管が盛り上がり、口元は怒りでプルプルと震えている。だがリンシアの怒りはそれだけではなかった。
    ダレンシアとは誇り高き戦士の国。国の者は皆必ずその血を身体に有し、何があっても無様な生き様は晒すなと教えられてきた。マリアは誰よりもその教えをその身に刻んできたはず。なのに目の前のマリアは恐れ多くもこの国を救ってくれたユリシスの足にすがり付き、明らかに黒である自分の罪を認めようとしない。
    (…何と恥さらしな……!!)
    怒りに燃えたリンシアが衛兵を呼ぼうとした時だった。

    「えっ?あっ!!きゃあっっ!!」

    自分の足にしがみつくマリアをお構い無しにユリシスは歩き出す。しかしマリアは石の床の上を引きずられてもその手を離さない。

    「ちょっと、あの…殿下…?」

    美しい主が足元に女をくっつけて引きずって歩くものすごい光景に、クリストフは驚きを通り越してある種の恐怖を感じ顔がひきつった。

    「ユ、ユーリ?」

    足元見えてる?と言いたげなマリーにユリシスは切なく囁いた。

    「駄目じゃないかマリー…。」

    勝手にこんなことをしてしまったから悲しい思いをさせてしまったのだろうか。私の身の安全を何よりも考えてくれていたユーリだ。相談して欲しかったに違いない。

    「ごめんなさいユーリ。でも「紅茶はやめてって言ったでしょ?」


    「「は?」」

    リンシアとクリストフの顎は外れる寸前まで開いた。

    「このお茶…ガーランドが恋しい?でもすぐに帰れるんだ。だから私とお腹の子のためにもう少し我慢して?」

    そう言ってユリシスはマリーの隣に座り、マリーの分の紅茶を飲み干した。

    「あの…ユーリ?マリア様をクリストフ様に捕まえて貰っても良いかしら…?」

    足から引き剥がしていいかユリシスの了解を取った方が良いだろうとマリーは考えたのだがユリシスはまるで知らぬ名を聞くような素振りだ。

    「マリア?私には関係のない人間だ。君がそう思うのならそうすればいい。」

    「そんな!殿下!!」

    マリアはユリシスに向かって叫ぶ。

    「我が領地でかけてくださった情は嘘だったと仰るのですか!?優しく微笑んで目を見つめて下さったあの時間は本物だったはず!!」

    マリアの話だけ聞くと本当にそうなのかと疑われても仕方のない内容ではある。物は言いようとはよく言ったものだ。

    「…理解に苦しむね。」

    「殿下…?」

    ユリシスは呆れ顔で深くため息をつく。

    「私は王族という身分ではあるが、無理に押し掛けた先で世話になった者に対し無礼な振る舞いをするような人間ではない。無愛想な顔で食事を運んでくれた人間に礼を言うやつがいるかい?それを“情をかける”だなんてよく言ったものだよ。」

    「そんな…そんな…!」

    「…絵本に憧れを持つのは結構だがそれを私に重ねるのは迷惑極まりないね。大体君のどこに王妃になれる資質があると言うの?」

    「それは…私はカイデンの娘で…身分だってマリエル様と同じ…」

    「私がマリーを身分で選んだとでも思っているのか。」


    まるで射殺すようなユリシスの冷たい視線にマリアの身体は硬直した。




    
    
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