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8章

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    この国の女の子は必ず一度は憧れる。
    輝く髪。美しい顔の優しい王子様に。
    私の王子様はたまたま違う国に生まれていて、たまたま悪い女に騙されているだけなの。
    私と先に出会っていたら、間違えなかったはずなの。
    だって私が話し掛けると優しく微笑んでくれたもの。何かするたびに“ありがとう”って真っ直ぐに目を見て言ってくれたのよ。
    あの人はとても優しい人だから、あの女を見捨てられないだけ。本当は私と…運命の相手と出会ってしまった事にあの人も気付いてる。だから私が消してあげるの。二人の未来のために…。



    *****



    「何をしてる!?」

    ギヨームの様子を見に来たクリストフは、牢の前にいたマリアに驚きすぐさま問い質した。

    「…まぁ怖い。別に何もしてませんわ。うちの兵士達が朝食を取りに行ってる間、見張りを代わってあげているだけです。」

    昨日から働き詰めの兵士達だ。食事くらい取らせても誰も文句は言わないだろう。一見してマリアの言葉に怪しい点は無さそうだ。
    だがしかしクリストフはマリアの雰囲気に嫌なものを感じて仕方なかった。

    「…今度は僕が代わるよ。少しそいつと話があるんだ。」

    「あら?でしたら私もお聞きしますわ。」

    当然でしょ?とでも言いたげな顔でマリアはその場に居座ろうとする。

    「殿下の命令なんだ。下がってくれるかな?」

    “殿下”という単語に反応したマリアの顔は嬉しげに緩み、微笑んだ。

    「それでしたら仕方ありませんわね。では兵士が戻るまでよろしくお願いしますわ。」

    マリアはそう言うとクリストフに一礼してその場から立ち去った。

    「あの女と何を話してたんだ?」

    ギヨームは目だけクリストフの方を向け、そしてまたすぐに戻す。
    お前と話すつもりなどないとその態度で言っているのだろう。こっちも話すことなど無かったが、何故かその時クリストフはほんの少しこの男の中を覗いてみたい気持ちになった。

    「……フランシス様が仰っていたよ。優秀だったんだってね。」

    “フランシス”という言葉にほんの少しギヨームの肩が動いた気がした。

    「…毒を扱うようになった元々の理由も…愛する女性を救いたい一心だったんだって?……その腕の火傷もその時に……。」



    『毒が薬になるんですか!?』

    『そうだよ。時と場合によるけどね。…ギヨームには昔、叶わぬ想いを抱いていた女性がいたそうだ。』

    『叶わぬ想い……?』

    『…ギヨームはあの見た目だろう?可哀想だがこればかりは生まれ持ったものだ。どうしようもない。だけどね、必死で救おうとしたんだ。例え想いが叶わなくても。』

    たとえ結ばれる事は無理でも…生きていてさえくれれば。そんな想いでギヨームは当時不治の病とされていた彼女の症状を必死で解明しようと躍起になっていた。何日も不眠不休で研究を重ね、ようやく毒の中にある成分から彼女を救う薬を作り上げたのだ。
    しかし女性は病が治った途端ギヨームを汚いものでも見るような目つきに変わり、その容姿を気持ち悪いと罵った。
    生きたい、助けて下さいと泣いて縋ったのは彼女の方なのに。それからだった。ギヨームが狂い始めたのは。



    「…そんな女、フラれて良かったじゃないか。人を見た目で判断する女なんてろくなもんじゃないよ。」

    しかしクリストフの言葉にギヨームは嗤った。

    「お前みたいな男前がそんな事言ったって説得力のかけらもないね…。」

    「ん?そりゃまあ僕がハンサムなのは紛れもない事実だけどさ。こればっかりは自分で選べないもん。しょうがないよね?」

    あまりにあっけらかんと言うものだから、ギヨームは驚いて言葉も出なくなってしまった。

    「お前がこんな風になっちゃったのは顔が醜い訳でも禿げ頭が光り過ぎたからでもないよ。色んな出会いが悪すぎた。ただそれだけの事さ。フランシス様もお前の事天才だったって言ってた。それなのに残念だよ…本当に。」

    「天才、か………。」

    確かに自分は天才だ。間違いない。
    誰もが思い付かない発想の仕方で幾度となく素晴らしい薬を世に生み出してきた。
    けれど…どんな功績を残そうと、どんなに称賛を浴びようと、必ず最後にこう言われるのだ。

    【でも、あの見た目じゃねぇ……】

    才能に恵まれない凡人達はクスクスと自分を嘲笑う事で溜飲を下げているのだろう。いつまでもそれは自分の後につきまとう。まるで呪いのようだった。
    だから支配したんだ。自分を蔑む奴らを。
    薬を与えて拷問して泣かせれば、誰もが自分に跪き許しを乞う。まるで神になれたような高揚感に酔いしれた。
    だが結局この心を満たすものには出会うことが出来なかった。この国に来て王という名の権力者を自分の言いなりにしてみても何も……。


    「…お前らの王子様とやらはどんな男だ?」

    「魔王。」

    間髪入れずに返ってきた答えにギヨームは顔をしかめる。

    「…だけど…今は好きな女性のために命をかけて戦うただの恋する男だよ。お前もそうだったんだろ?僕だってそう。皆一緒だよ。」

    ただの恋する男…。そうだ。そうだった。
    愛する人のために必死で研究に明け暮れたあの日々こそが、人生で最も幸せで、充実した時だった。

    その時、階段を下る兵士の靴音が響く。
    朝食を食べ終えた見張りが戻って来たのだろう。

    「じゃあ行くよ。移送の日まで元気でね。」

    「待て。」

    ギヨームは去ろうとするクリストフを呼び止めた。


    「さっきの女…ある毒薬を持っていった。早く止めてやれ。取り返しのつかない事にならないうちに……」
    



    
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