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8章

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    遺体が安置された地下から戻ると城内のあちこちでは炊き出しが行われていた。
    痛々しい姿ではあったが皆湯気の出る皿を抱えて笑顔を見せている。

    「マリエル様!」

    向こうから大きな声でリンシア王女が呼ぶ。
    なんと彼女は長い髪を一つに束ね、腕捲りをして給仕に参加していた。

    「ははは、クリストフの嫁は逞しいな。」

    横にいるユーリが笑う。
    
    「ユーリったら…笑ったりしたら失礼よ。でも本当に逞しいわ。そしてすごく綺麗。」

    彼女のこんな生き生きとした表情は初めて見る。顔馴染みの兵士達と軽口を叩きながら笑顔で温かいスープを皿によそう姿は今まで見たどの彼女より輝いていた。

    「私達も貰おうか。」

    「ユーリが?皆と?」

    「何?何かおかしい?」

    おかしいかと聞かれると……おかしいかも。
    だってそんな姿今まで一度も見たことがないもの。兵士に混じってご飯を食べる姿なんて…。

    「殿下ー!マリエル様ー!」

    クリストフ様が簡易的に作られた食事処から手を振る。アランやレーブン隊の皆さんも。どうやら皆でお夕飯を頂いていたようだ。

    「朝から何も食べていなかったでしょう…ユーリもお腹が空いたわよね。」

    「本当だよ。一生分動いた気がする。さぁマリーも一緒に頂こう。」

    ユーリに手を引かれて歩き出す。

    「皆と一緒に食べれるの嬉しいわ。」

    「これからしばらくは嫌でも一緒だよ。」

    炊き出しの場所に着くとリンシア王女は私に山盛りのスープが入ったお皿を差し出した。

    「やっと来て下さいましたわね!はい、マリエル様!」

    「リ、リンシア王女…これは盛り過ぎでは…」

    たくさんの根菜にささやかだがお肉も入ったスープはとてもいい匂いがしたのだが、盛り方が半端ではなかった。

    「あら、駄目ですよマリエル様!お腹の子の分もしっかり食べなきゃ!ただでさえお痩せになってしまったのだから。」

    痩せた?そうなのかしら…自分では全然わからなかった。

    「うん。無理はしなくてもいいけど少し食べた方がいい。」

    ユーリまで。

    「でも残したら悪いわ…」

    「大丈夫。私が食べてあげるから。気にしないで食べれるだけ食べて。」

    「ユーリがそう言うなら…」

    私は山盛りのお皿を受け取った。


    「マリエル様!こっちこっち!」

    クリストフ様が椅子をポンポンと叩きながら誘ってくれる。

    「席を空けて頂いてありがとうございます。」

    「僕らは食べ終わったし、気にしないで下さい!それにしてもその大盛!凄くない!?誰が盛ったの!?」

    「お前の嫁だ。」

    “嫁”という言葉にクリストフ様の気分が最高に舞い上がるのが見てわかった。

    「ちょっと殿下ったらもう…ガーランドに帰ったら色々とよろしくお願いしますね。」

    なにやらモジモジする坊っちゃんにレーブン隊の皆さんは生ぬるい視線を送っている。皆さん全力で坊っちゃんを見守っていて本当に素敵だ。

    (そう言えば…帰るのはいつ頃になるのかしら…。)
    きっと今すぐにとはいかないだろう。
    (後でこっそり聞いてみよう。)

    熱いスープを口に運ぶと冷えた身体が温まる。でも…

    「何もしていない私がこんなにして頂くのは少し心苦しいわ。」

    命懸けで戦った皆さんのための夕食だ。同じ食卓を囲ませて貰う事にも少し気が引ける。 

    「何言ってるのマリエル様!!」

    「クリストフ様…?」

    「マリエル様がいたからこそ殿下はここまでやり遂げる事が出来たんだ!マリエル様がいなかったらダレンシアは敵の手に落ちていたんだ。だから胸を張って!マリエル様にはそれだけの価値があるんだから。」

    後ろで隊の皆さんもうんうんと高速で首を振って下さる。

    「そんな風に言って下さって…ありがとうございます。」

    本当に…強くて優しい人達だ。

    「幸せねユーリ…。こんな素晴らしい人達があなたの未来を支えてくれるのね……。」   

    「そうだね。私には素晴らしい妃もいる。これ以上何も望むものはないよ。」


    ユリシスの顔は優しく微笑んでいた。
    ふとマリーが周りを見ると救護や給仕に立ち回っていた女性達がユリシスの笑顔に釘付けになっている。
    ダレンシアの男達は浅黒い肌に精悍な顔立ちが多い。その中で滑らかな白い肌に美しく長い銀の髪の王子様は一際輝いて見えた。  
    (少し妬けちゃうけど…ユーリの美しさなら仕方ないわよね…。)
    今では見慣れたはずのマリーですらその美しさには毎回胸が騒がされるのだ。免疫のない者はさぞかし心臓に悪かろう。
  
    「ユリシス殿下」

    遠巻きに見つめる女性達をよそにこちらへ近付いて来た黒髪の女性がユリシスへ話し掛けてきた。

    (…この人…さっきの……)
    ユーリが私を抱きかかえて城へと入った時に、こちらを見つめていたあの女性だ。   

    「マリア嬢か。何か?」

    マリアは臆面もなくユリシスの側へと寄った。そして横にいるマリーには上から余裕げに会釈だけしてユリシスに話し掛けた。

    「殿下、お食事中申し訳ありません。父が今後の事でお話がしたいと申しております。」

    「カイデン将軍が?今でなければならないのか?」

    (カイデン将軍のお嬢さんなのね…それにしてもこの人……)
    ガーランドの王子妃…まだ婚約とて正式ではないが、その立場にある自分への態度にしてはあまりにも無礼ではないだろうか。
    見ればクリストフ様もアランも少し険しい表情をしている。

    「はい。レオナルド陛下が未だあのような状態ですのでユリシス殿下にもご助言頂きたいと……。」

    マリアはユリシスに顔を向けたまま周りを見ようともしない。

    「次期国王のセドリック殿がいるだろう。私はこの国の内政にまで口を出すつもりはないよ。」    

    「それは承知しております。なのでセドリック殿下も御一緒にお話だけでも聞いて頂ければと。」

    ユーリはしばらく考えていたが

    「わかった。カイデン将軍は今どこに?」

    「王の執務室でセドリック殿下と共におります。ご案内致しますわ。」

    ユーリを促すようにマリアは身体の向きを変えるがユーリは動かない。

    「他に案内できる者は?」

    「は?」

    「すまないが今食事中なんだ。終わったら行くから誰か他の者を後で寄越してくれ。」

    しかしユリシスの皿にはもう何も残っていない。マリアは訳がわからず立ちすくんだ。

    「マリーがまだ食べ終わっていない。終わったらマリーと共に行くからそう伝えてくれるか?」

    「しかし女性が聞くお話では…」

    「彼女は“女性”ではない。私の妃、そしてガーランドの次期王妃だ。彼女に聞かせられない話などない。」

    それに…とユリシスは付け加える。

    「マリーが残したら食べてあげる約束だからね。」

    ユリシスはマリーを見つめ甘く微笑んだ。

    「そう…ですか。では後程またお迎えにあがりますわ。」

    あからさまな動揺を隠しもせず、マリアはその場を立ち去っていったのだった。


    「ちょっとユーリ!!」

    「何?マリー。」

    「甘く微笑んでも駄目よ!マリア様せっかく迎えに来て下さったのに!しかも…わ、私の残したものを食べるためなんて!」

    「だって絶対に食べれないでしょマリー?ただでさえ財政難だっていうのにこんな被害を出しちゃって…そして戦いの後の大変な時にこんな美味しいスープを出してくれたんだ。残せないさ。」

    城を破壊しまくったのは他ならぬあなたの指示ですけどね!
    とその場にいた者全員が思ったが、皆大人しく黙っていた。

    


                           ******



    「……何なのよあの女……!!」

    何にもしていないくせにユリシス様の隣に居座って……!!
    一人じゃ何も出来ないような貧相な身体。あんな女が王妃ですって!?冗談じゃないわ!

    ……この混乱に乗じて殺してしまおうか……

    腹の子ごと殺してしまえばユリシス様もきっと……。

    マリアの足は別の場所へ向かって歩き出す。
    ジョエルの遺体が安置される場所より更に奥。牢の前には二人の衛兵が立っていた。

    「これはマリア様!いかが致しましたか?」

    衛兵はマリアを見るなり敬礼をした。

    「二人ともお腹が空いたでしょう?今上で炊き出しをやってるの。ここは私が見ているから二人も食べてきて?」

    「しかし決して持ち場を離れないようカイデン様から言われておりますので……」

    しかし地上から流れてくる美味しそうな匂いに二人の腹は我慢の限界とばかりに鳴る。

    「ふふ、ほらね。大丈夫よ。父上には内緒にしておくから。」

    二人は顔を見合わせ“じゃあお言葉に甘えて少しだけ…”とその場をマリアに任せた。

    そしてマリアは誰もいなくなった事を確認し、牢の中の男に声をかけた。

    「ねぇ、私と取り引きしない?あなた薬に詳しいんでしょ?ギヨーム・へルマン。」

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