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8章
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しおりを挟む遺体は城の地下、日の差さない暗い部屋に安置されていた。
見た瞬間ユーリが言っていた言葉を思い出す。
【首を落とされて死んだ】
ジョエル様の首を繋げておくためなのだろう。斬られたと思われる場所には何重にも包帯が巻かれており、そこから血が滲んでいた。
怖くて怖くて側に寄る事ができない。
心臓がドクドクと音を立てて息苦しい。
「マリー大丈夫か?…無理なら帰ろう。」
ユーリは私を支えるように隣にいてくれる。
「大丈夫…会わなきゃいけない気がするの。」
胸の音は心臓を壊しそうなほど大きくなる。
横顔しか見えなかった場所からゆっくりと近付き、ようやく彼の顔を正面で見れる所まで来た。
「ジョエル様……!!」
堰を切ったように涙が溢れて行く。
青白く、首が転がった時についたのか顔には無数の細かい傷。血色を失った唇は、今朝私の額にキスをした唇だ。“愛してるよ”と言って。
崩れ落ちそうになる身体をユーリがしっかりと支えてくれる。私の大切なのはこの人の手だ。でも…でも何でこんなに涙が溢れるのだろう。
蔑むような目で私を見ていた少年の頃のジョエル様の顔が頭に浮かぶ。怖かった。二度と会いたくないと思ってた。
大人になっても自分勝手で、こんなとんでもないことまでして、どうしようもない人だった。命を落としたのだって当然だ。なのに…なのに……!
「…ジョエルに弟がいたのは知ってるね?」
「…えぇ。」
「レーブンがその弟の母親から聞いたそうだよ。“あぁ、やっぱり一緒に逝かれたのね”と。」
「一緒に…?ユーリ、どういう事?」
「ダニエルの浮気相手達は皆同じ事を言われていたそうだ。“僕には大切な人がいる。それは一生変わらない”とね。」
「大切な人…?」
「ジョセリンの事だよ。ダニエルはジョセリンを何よりも愛していた。」
「そんな…それならなぜあんな生活を?」
家にもろくに帰らず浮気三昧で、敷地内には愛人二人の家まで。それなのにジョセリン様だけが大事だったって…どういう事なの?
「…自分に女性の影がちらついた時、ジョセリンは嫉妬に狂って泣き叫ぶ。それがどうしようもなく愛おしかったと…そう話していたそうだ。ジョセリンが心を病んでからはずっとダニエルの事に頭を支配されて生きるようになった。ダニエルにとっては幸せで堪らなかったのだろう。大切なジョセリンを誰の目にも触れさせず、自分の事でいっぱいにしておける。」
「そんな…そんなのおかしいわ…狂ってる。」
「そうだね…。私もそう思うよ。けれどそれを否定する権利など私達にはない。愛の形は人の数だけある。」
「…ジョエル様がダニエル様にそっくりだと言ったのはその事だったのね。」
「あぁ。ジョエルも君を誰の目にも触れさせないように檻に閉じ込めた。ジョエルと言う名の檻に。嫌悪した父親と同じ道を歩んでいたなどと本人は夢にも思っていなかっただろうけどね。」
…なんて愚かで…可哀想な人…。
自分の想いを叶えるためにひたすら周りを傷付けて、全てを失った。自分の命さえも。
「どうして私だったの…。ジョエル様…あなたなら他にもたくさんいたでしょうに。」
公爵家の長男。恵まれた容姿。素晴らしい頭脳。すべてが揃った人だった。彼に望まれたくて必死になっていた女性は山ほどいるだろうに。
震える手でその頬に触れる。血の流れない身体は硬く、冷たい。
「…私とジョエルも似ているところがある。」
「ユーリと…ジョエル様が…?」
「…君しか愛せないところだ。他の誰でも駄目なところ。だから死ぬ気で奪いに来たんだ。ただ君への愛のために。」
なんて馬鹿な人…。
最初から大切にしてくれれば良かったのに。
そしたら……ううん。それでもきっと私はユーリを愛していた。これは起こるべくして起こった事だったのだ。
「…ジョエル様はどうなるの?」
「ガーランドへ連れて帰るよ。ジョエルも君と一緒に帰りたいだろう…。」
「ユーリ……。」
この人がこんなに優しい人だなんて誰が知っているだろう。
でも誰も知らなくていい。彼を支えていく私だけが知っていれば……。
「それとマリー」
「……何?ユーリ。」
「お腹の子は女の子だよ。間違いない。」
「え!?」
一体何を言っているのだろう。この子はまだ人の形にもなっていないだろうに。
けれどユーリは怪訝そうな顔をする私に優しく微笑んだ。
「本当だよ。だから名前は女の子優先で考えよう。」
そう言ったのだった。
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