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8章

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    クリストフはレオナルド国王とリンシア王女を急いで城の奥へ匿うよう指示した。
    リンシアは自分達だけ逃げ隠れる事を最後まで渋っていたが、兵士達からも諭されこの場を後にした。

    「必ず勝つよ。勝って君をガーランドへ連れて帰るんだ。楽しみに待っててね。」

    安心させるように笑顔で言うクリストフだったが、それは叶わないかもしれない事をリンシアは悟っていた。けれども精一杯の笑顔を返した。今までで一番綺麗な笑顔を。


    そして引くに引けなくなった両軍は睨み合い、火蓋が切られるのを待っていた。

    「ユリシス殿下、私も最後まで共に戦います!」

    「マリア嬢か。無理をする必要はない。機を見て何とか生き延びなさい。」

    「いいえ!私は殿下の側から離れません!」

    マリアはそう言ってユリシスの側へと寄る。

    「殿下、レオナルド国王とリンシア王女は避難させました。」

    「クリストフか。すまないな。一世一代の告白が成功した途端戦死するかもしれなくて。」

    「やめて下さいよ縁起でもない!!ラシードの兵士は今動揺していてまとまりがない。勝機は十分ありますよ!」

    「そうですぞユリシス殿下、城内の兵士は我らと共にある。さっきよりは状況は幾分かマシです。ラシードの奴に目にもの見せてやりましょう!」

    カイデンの目もアランと同じく生き生きと輝いている。

    「私とてこんなところで死ぬつもりなどない。マリーを再びこの腕に抱くまでは死ねない。」

    そうだ。マリーを迎えに行かなければ。
    愛しい私のマリーを。

    「数で負けるこっちは長引けば長引くほど不利になる。行きましょう。」

    アランはそう言うと槍を持つ兵士を前に固まって並ぶよう指示する。

    「列を乱すなよ。これで騎兵を馬から引きずり下ろす。弓隊は馬上の兵士を狙え。弓の第二陣は城壁に登り後ろに続く騎兵に向かって火薬を打て。馬を混乱させるんだ。」

    爆破を逃れた城壁へと弓を持った兵士が向かう。   

    「槍を越えられても心配するな。全部俺が斬ってやる。慌てず持ち場を死守しろ。」

    前衛の兵士はアランの言葉に頷きながら、槍を持つ手に力を込めた。

    「レオナルド陛下のおられる場所に敵兵を近付けるな!決して前へ出過ぎるなよ!前衛を越えて来た者を迎え撃つのだ!」

    カイデンの指示に後衛の兵士は国王レオナルドのいる王宮を死守せんと配置についた。


    ラシードの軍がざわめき出した。隊列を整えるよう笛が鳴る。突撃の時が迫りラシード軍の兵士達の目付きが変わる。

    「ユリシス殿下!お下がり下さい!我ら後衛が御身をお守り致します!!」

    カイデンがユリシスに下がるよう促すがユリシスはそれを断った。

    「駄目だ!この兵の差は戦法だけでは埋まらない。私が下がっては兵の士気が下がるだけだ。ガーランドはダレンシアを救いに来たのだという事を証明するためにも私は先陣に立つ!」

    前を向き槍を構えていた者も、後ろで迎え撃つために待ち構える者も全員がユリシスの言葉を聞いていた。

    そして一際大きい合図の音と共に騎兵がこちらへ駆けてきた。
    ラシード軍前方の騎兵には矢の雨が降り注ぎ、第二陣の放った火薬の爆発音で後方の馬は棹立ちになり暴れだした。
    槍隊を潜り抜ける強者もいたが、その先にはアラン達が待ち構えている。作戦は何もかも順調に行っていたかのように見えた。
    
    しかし戦況は徐々に思わしくない事態へと展開していく。

    両側の槍隊を排したラシード軍が側面から攻撃を仕掛け始めると隊列は乱れ、前衛は後ろへと押され始める。
    
    「何としても王宮だけは守り抜け!!」

    後衛を守るカイデンが力の限り叫ぶ。
    しかしラシードの兵は役に立たなくなった馬を捨て、次々と押し寄せて来た。

    (まずいな……っ!?)

    息を切らすユリシスの足に何かが当たる。
    見ればそこにはさっきまで息をしていた仲間の兵が目を見開いたまま横たわっていた。
    見渡せばどの兵士もその瞳から力が失われ始めている。あまりに絶望的な光景に希望を見出だせなくなった兵士が次々と敵の刃によって命を奪われて行く。

    (…間違っていたのか私は…)

    アランもクリストフも…ガーランドから連れてきた者達も付き合わせるべきではなかった。
    マリーを追い掛けて来た事には何の後悔もない。 だがここに来なければ失われずに済んだその命はあまりにも重いものだ。

    その時、敵の刃がユリシスを捉えた。

    「殿下!!」

    重くぶつかり合う金属音に耳が軋む。

    「クリストフ!!」

    「殿下!!何を考えているのかだいたい想像がつきますけどその考えは今すぐ捨てて下さい!」

    クリストフは敵兵を薙ぎ払いその胸に剣を突き立てた。 

    「僕達は自分の意志でここにいる!アラン様も、皆だってそうだ!!」

    クリストフはユリシスに聞こえるよう大声で叫びながら鬼気迫る表情で周囲の敵を蹴散らして行く。

    「皆が自分の守るべきものを!命を懸けるべき時を!奇跡のような巡り合わせで共有しているんだ!!」

    「クリストフ…」

    「だから早く僕らを導いて下さい!!いつもの強気はどうしました!?貴方がそんなんじゃ僕らは前へ進めない!!太陽が大地を照らすように、殿下は僕らを照らす太陽なんだ!!」

    クリストフの叫びに光を失っていたダレンシア兵達が次々と叫び出す。

    「殿下!!」
    「ユリシス殿下!!」
    「やってやりましょう!!まだまだ我らは戦えます!!」

    王宮の中にいては決してこんな経験は出来なかっただろう。机に向かって書類だけを見て知る事実だけではきっと何もわからぬままだった。
    わかったつもりでいた。今までの自分は全てをわかったつもりでいただけだったのだ。


   
    
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