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8章
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しおりを挟む自分でも不思議だった。
ジョエルが殺されて万々歳のはずだ。私からマリーを奪った許しがたい男。
しかし自分以外の。しかもこんな屑にいいように言われるのを聞いて腹が立って仕方なかった。
「ジョエルは確かに浅はかな人間ではあった。だがしかし無能ではない。これほどの智謀をめぐらし他国を乗っ取るなどという大胆な真似をお前はやってのける事が出来るのか?無理だろうな。お前が自分の手で成し遂げられる事と言えばそのナマズのような髭の手入れに精を出す事くらいだろう。ダレンシアでは今そのナマズ髭が流行してるのか?」
これにはラシードの後ろに控えていた兵も笑いを堪えられず、声を漏らした。
「レオナルド国王とカイデン将軍の子らとはえらい違いだな。二人の子らは父を貶されて怒ったぞ。お前の方は…父とも思われていないようだな。これではまるで金で雇われた傭兵の集まりだ。哀れだなラシード。」
「偉そうに好き勝手言いやがって!お前らは今窮地に立たされているんだぞ!泣いて命乞いでもしたらどうだ!!」
「窮地?窮地はお前の方だろう。」
ユリシスが一体何を言いたいのかその場にいた者は誰も理解する事が出来なかった。誰の目から見ても兵の差は明らかで、子供だってどちらが勝つかくらいすぐわかるだろう。しかしユリシスはこの絶体絶命の状況をラシードの窮地だと言う。
「私に泣いて命乞いをしろだと?それはお前の方だろう?この私の命と引き換えに見逃してくれとな。」
「見逃す?誰が誰をだ!?」
「…本当に頭の悪い奴だな。私に何かあればガーランドはダレンシアを滅亡させるぞ。お前の首は城壁にでも吊るされて干からびて終わりだろう。あぁそうだった!城壁は破壊してしまったんだったな。なら野晒しが関の山かな?」
しかしラシードはユリシスの脅しには怯まない。
「ガーランドに命乞いなどするものか。おまえは生け捕りにするのさ。そしてお前の命と引き換えに我がダレンシアへの降伏を要求する。」
どうだと言わんばかりのラシードに、ユリシスは腹を抱えて笑い出した。
「何がおかしい!!」
「あーあ、馬鹿で困ったな。お前達、本当にこの馬鹿将軍に命を預けて良いのかい?」
ユリシスはラシードの兵に向かって問い掛ける。
「このラシード将軍の奸計のせいでダレンシアが財政難に陥ったのは知っているな?お前達にも家族はいるだろう。怒り狂ったガーランドの兵が攻めて来るぞ。そうなればどうなると思う?この国は三日と持たないだろうな。」
ラシードの兵士の間にざわめきが広がる。もしかしたらラシードの口車に乗せられて、今の今まで事態の深刻さをわかっていなかったのかも知れない。
「さぁどうする?最後に一つだけ言っておく。我がガーランドの国王ジュリアンは、息子可愛さに降伏するような愚か者ではない。ガーランドの民を守るためならば、私の命ごとダレンシアを滅ぼす事を厭わないだろう。今ならラシードの首一つでお前達は助かる。選べ。決めるのは誰でもない。お前達だ!!」
ラシード軍の隊列は徐々に崩れ始める。
兵士の間からはそれぞれが今知った真実に対する驚きと怯えの声が聞こえて来る。
「ガーランドと戦!?勝てる訳がない!」
「家族が国境沿いの村にいるんだ!戦争になんてなったら皆殺しにされてしまう!!」
「国王が騙されていたなんて知らなかった!!」
「今なら陛下もお許し下さる!!今すぐ降伏しろ!!お前達も私達と等しく陛下の子だ!」
カイデンの叫びに兵士が隊列から離れようとした瞬間だった。
「騙されるな!!お前達、自分が裏切り者である事をわかっているのか?裏切り者にはどんな罪が課せられてきたか忘れたのか!」
ラシードの声に離脱しようとしていた兵士の動きが止まる。
「これはカイデンの計画だ!降伏すればお前らに待ち受けるのは死しかない。我に続け!ガーランドなど蹴散らしてくれるわ!!」
「……愚かな……」
ユリシスは再びその手の中の剣を握り直す。
「レオナルドの子らよ!ガーランドのユリシスはお前達と運命を共にする!兵の差が何だ!我らはたったこれだけの兵でこの城を制圧した!決して引くな!必ずや勝って家族の元へ帰るぞ!!」
ユリシスの言葉に城内にいた兵士達は次々に雄叫びをあげる。
「…すまないなアラン。アニーのところに帰してやることが出来ないかも知れない。」
十五年…初めて出会ってから十五年の間で初めて見る顔だった。いつも冷たく美しかったその顔は、少し切なそうに微笑んだ。
不謹慎だがそれを嬉しいと思ってしまった。
俺の命はこの人にとって惜しむべきものであったのだ。この人の顔を歪ませる事が出来るほどに価値のあるものだったのだ。
「ユリシス様。俺は何の恐怖も感じていなければ、負けるなどと思っていません。」
そうだ。
もうずっと前からわかっていた。
俺は絶対に死なない。この人がいるから。
「目にものを見せてやりましょう。戦いとは数ではない。」
アランの目は生き生きと輝いていた。それはそれは楽しそうに。
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