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8章
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しおりを挟む一瞬の事だった。
“早くあいつらを”。そう言ったのはユリシス達の首を取れとでも言いたかったのだろうか。最後まで言葉を紡げぬままジョエルは絶命した。
馬上からジョエルへと刃を振り下ろしたのはさっきまでさもおかしそうに嗤っていたラシードだった。そしてラシードは転がり落ちたジョエルの首をまるで汚いゴミであるかのように見ている。
「ラシード貴様正気か!?今お前が手にかけたのはたとえ逆賊といえどダレンシア王家の血を引く者だぞ!そして今の身分はガーランドの公爵。お前に裁く権限など無い事くらいわかっているだろう!!」
カイデンの叫びにラシードは口元を歪ませる。
「裁く?何を見当違いな…。カイデンお前、俺がこの男を売って罪を逃れようとしているとでも思っているのか?」
「何!?」
「こんな奴に本気で国をくれてやるなどと誰が思うものか。用が済めば最初から殺すつもりだった。」
そうだ。初めてこいつが接触してきた時は歓喜したものだ。ついに自分にも運が回ってきたと。
ガーランドは薬学に精通する国。まともに立ち向かっては敵うはずもないレオナルド国王を何と薬一つで陥落できると言うのだ。そして国王を落とす見返りは次期国王の座。とても納得出来るものではなかった。だがそんな夢物語を実現できると思っているような馬鹿だ。用が済めば殺せばいい。そう思って引き受けた。
しかしなかなかに周到な奴で俺の動向を長い間逐一監視していた。おまけにとんでもない強さの護衛も付いている。
俺が完全に自分への忠誠を誓ったと信用できるまでレオナルド国王への薬の投与を加減していたあたりも本当に食えない奴だった。国王が狂った後も正気に戻って貰っては困る。だから計画に賛同し、忠誠を誓い亡命の手助けまでしたのだ。
「だが国王が正気に戻り計画がばれたのならもうこいつは必要ない。ただのゴミ…いや、ゴミ以下だ。」
ユリシスはラシードの言葉を無表情で聞いていた。
(…この表情…久し振りだな……。)
アランは主の表情が語る僅かな感情の機微を良く知っていた。同じ無表情でもそれぞれがまるで違うのだ。
(これは怒りだ…しかもかなりの。)
しかしそんなユリシスに気付くはずもなくラシードは続ける。
「何故王家に生まれたというだけで無能な人間が王になれるのだ。おかしいだろう。このジョエルという男も、そこの醜く老いぼれた王も。…そしてそこの銀の髪の王子様もな。」
自分達の敬愛する国王を目の前で貶された兵士達が今にも飛び掛からんばかりに殺気立つ。
「たかだか女一人のために…こいつもその王子も馬鹿としか言いようがない。だがしかしこれは願ってもない好機だ。」
「好機!?」
「そうだよカイデン。今なら次期国王に剣を向けた事を許してやるぞ?大人しく我が軍門に降れ。そうすればお前の大事な兵と領民の命は助けてやろう。」
「お前が次期国王だと!?ふざけるな!!」
「ふざける?大真面目だよ。我らの軍勢を見てみろ。この数にどうやって対抗する?お前だって近隣諸国に名を馳せた将軍だろう。勝敗など目に見えているのではないか?」
カイデンは悔しそうに歯噛みする。
それを醜い顔で愉快そうに高笑うラシードだったが、その表情はこの後屈辱に歪んで行く事となる。
「顔の醜い奴は内面も醜いものなのだな。私のように美しすぎる顔も色々と面倒だがお前のように醜悪な顔と比べれば有り難く思うべきなのだろうな。」
突然発せられたとんでもない発言に、敵味方関係なくその場にいた全員の視線が発言主であるユリシスに集中した。
「何だいその顔は?何か言いたい事でもあるのか?」
「今…何と言った…?私が…私が醜いだと?」
“あぁ、そんな事?”とでも言うようにユリシスはニコッと笑い、続けた。
「それは悪かったね。生まれてこのかたずっと王子様で次期国王なものだから、お前のように誰かに媚びへつらう真似をした事も無ければ思ってもいない事を口にする必要も無かったのだよ。」
「貴様…誰に口を利いているかわかっているのか!?」
「お前こそ誰に口を利いているかわかっているのかこの下郎が。本来ならお前ごときが私と口を利ける事を神に感謝するところだ。」
「下っ、下郎だと!?」
頭に血が上ったラシードの手綱を握る手は怒りに震えている。
「このジョエルという男…殺してやりたいと思ってはいたが、それでも己の欲するもののために命を懸け、持てる力を総動員してここまでやり遂げたのだ。お前のように何も出来ず人の力に頼るしか脳が無いくせに不満ばかり垂れ流しているような下衆が偉そうに語るな。反吐が出る。」
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