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8章

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    顔も見たことのないその女が憎くて憎くてたまらなかった。殿下のあの微笑み…あの甘やかな表情…。それを独り占めしている女がいるなど許せない。
    ユリシス様はこのダレンシアを救う英雄になられる方なのだ。英雄の妻には英雄の娘たる私が相応しい。
    そうだ。父はレオナルド国王と共に何度も死線をくぐり抜け、英雄とまで称された事もある。相手は公爵家の娘だそうだが私とて立場は変わらない。

    「腹の子など消してしまえばいいのよ…」

    拐われて、子まで流れたとあればユリシス様の寵愛も薄れるだろう。
    ダレンシアとガーランドはこれからも良い関係を続けるのだ。私とユリシス様が出会ったのは偶然などではない。必然だったのだ。

    「ユリシス様…あなたに相応しいのは私です。このマリアが生涯をかけてお支えしますわ……。」





               ***********






    その日は朝から太陽が姿を現すことがなく、湿った風が吹いていた。

    「明日の明け方だな……。」

    おそらく夜半から雨になる。ユリシスの言葉に兵士達はついに時が来たのだと悟った。

    「今から良く寝ておけ。次に眠れるのはいつになるかわからん。」

    そう言ってユリシスは部屋へ入った。

    「こんな昼間から寝れるかなぁ…いや寝れるな。僕まだ若いから。」   

    クリストフはチラリと横目でアランを見ると、アランは忌々しげに見返して

    「若くても死んだら終わりだ。」

    と、痛烈な嫌味をお見舞いした。


    そして夜、ユリシスの予想通り雨が降り始めた。カイデンの屋敷にはこれから運命を共にする者達が集まり、最後の確認を行っていた。

    「いいか。わかっていると思うがこれはただの戦ではない。兵を倒すことが目的ではないのだ。目指すのはレオナルド国王の救出。この一点のみ!
    アランは必ずや王と王宮を奪還する。私達はそのための囮だ。決して死んではならぬ。本当の戦いは王を取り戻してからだ!良いな!」

    ユリシスは自らと兵士達の士気を鼓舞するように声を張った。
    失敗すればカイデンの一族郎党は処刑されるだろう。しかしこのままではダレンシアは滅び行く。もう引くことは出来ないのだ。


    「やっぱり君も行くの。」

    兵士に混じって戦支度をする長い黒髪の者が見えると思ったらマリアだった。
    しかしマリアはクリストフの呼び掛けに答えない。

    「君がどうなろうと知った事じゃないけど…一つだけ言っておくよ。」

    語尾が低く下がった事に驚きマリアはクリストフの顔を見た。

    「マリエル様に手を出したら僕が…いや僕だけじゃない。殿下もアラン様も君を殺す。」

    ニコニコと屈託なく笑う普段のクリストフからは想像し難いまるで射殺すような目にマリアは肝を冷やした。
    しかし何事もなかったかのようにクリストフはいつもの笑顔に戻る。

    「じゃ、お互い頑張ろうね。」

    呆然とするマリアにヒラヒラと手を振りクリストフは戻って行ったのだった。


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